家族

2009年10月27日 (火)

裏方稼業も楽し/公民館展の2日間/第4部

091024urakata00_2   三重・名張市桔梗が丘公民館展報告の最終報告(第5報)です。10/24(土)~25(日)の2日間行われました桔梗が丘公民館展の陰の力を発揮してくださった裏方の活躍ぶりの紹介です。
 公民館展は毎年の一大イベントとして進めていますが、6か月前から実行委員会にて企画推進を行ってきました。そしてこの2日間が本番。裏方を担当した方々は、持ち場持ち場でのお役目を楽しみを感じながら存分に務められました。それぞれの裏方の役目を次に紹介いたします。
(1)喫茶・軽食 : うどん屋さん、炊き込みごはん屋さん、コーヒー屋さん
(2)バザー : 日用品リサイクル品売り・野菜売り・サークル作品即売
(3)舞台発表 : 小道具担当、照明音響、アナウンス・緞帳、プログラム進行、呼び込み案内
(4)青少年の発表会司会・ボランティア相談紹介

 では、それぞれの写真のいくつかをご覧ください。
【写真はクリックで拡大します】

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左:【うどん屋さん】・・・うどん作り
右:【うどん渡し場】

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左:【炊き込みご飯作り】
右:【炊き込みご飯販売】・・・当日販売のごはんを買う行列。ごはんは予約販売をしていますのですが、当日分は売り切れご免です

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【食堂】・・・会議室が食堂に

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【炊き込みご飯とうどん】

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左:【バザーの売り子】
右:【バザー品を買う人たち】

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左:【青少年心の思い発表会・司会者】・・・10/24(土)午後
右:【ボランティア相談コーナー】

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【舞台発表の裏方(1)】・・・舞台での小道具担当

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【舞台発表の裏方(2)】・・・アナウンサーと緞帳の担当

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【舞台発表観客席】・・・午後には会場は満員でした

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【反省会】・・・舞台発表終了後、発表サークルの代表者と裏方との反省会。来年につながる意見交換をしました

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2009年10月24日 (土)

青少年心の思い発表/公民館展1日目第1部

 三重・名張市桔梗が丘公民館展の本番第1日目が10/24(土)開催されました。今日はサークル活動の1年間の成果発表の展示部門が朝から始まっています。それと午後からは「青少年が語るこころの思い発表会」が行われました。091024kodomohappyo00
 「青少年が語るこころの思い発表会」とは地域の青少年が健全に育っていくことを願って、桔梗が丘街づくり委員会の『教育文化部会』が主催しています。今年で13回目を迎えました。地域の3小学校、2中学校の生徒の日頃子供たちが、素直な目で生活の中から感じたことを心の思いとして発表してもらうことにしています。

 今日の発表は小学生9名、中学生5名でした。小学生は日常友達との付き合いからお互いに助け合って友情が芽生えたこととか、将来の夢としてどのような仕事に就きたいとかを思い思いの考え方で述べてくれました。また、中学生はやっぱり大人に近づいてきているのでしょうね。戦争や平和について、あるいは社会格差や差別の問題、そしていじめのことも人類として広い見地で観察するとか、大人としても考えさせられることを純真な目でとらえていました。

 こころの思いの発表の後はリラックスタイム。二つの中学から音楽部とブラスバンドの演奏を楽しみました。その一つの、トーンチャイムを使った演奏は印象的でした。一つ一つの楽器が一つの音階を出す楽器で、私ははじめてお目にかかりました。水琴窟を思わせる柔らかく静かな音色です。あとの一つはブラスバンド。4曲演奏の後は、アンコール。今年の大河ドラマ「天地人」のテーマミュージックを、軽快に聞かせていただきました。

 では、またこの後は順次、展示部門の紹介、舞台発表の紹介を後日やらせていただきます。

(写真はクリックで拡大します)

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左:【小学生の発表】・・・小学6年生。堂々と発表
右:【発表後の9名の小学生】・・・発表を終わって緊張もとれ笑顔も見えます

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左:【中学生の発表】・・・中学1年生。落ち着いた発表態度です
右:【発表後の中学生5名】・・・発表を終えてお辞儀(6名の予定でしたが、3年生の1名は新型インフルエンザで学級閉鎖のため欠席でした)

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【表彰】・・・まちづくり委員会委員長から一人一人に賞状と記念品

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【中学生のトーンチャイム演奏】・・・柔らかく心に響く音色

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左:【トーンチャイム演奏】・・・一つの楽器で一つの音階を響かせる
右:【トーンチャイム】・・・どんなものか撮影しました。音叉の原理を発展させたと思いました

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【中学生のブラスバンド演奏】・・・中学1,2年生。一生懸命の演奏はかわいらしく感じるのは、歳なんでしょうね

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【トロンボーン】・・・将来はきっと有名な奏者になることでしょう

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【シンバル】・・・大河ドラマ「天地人」のテーマミュージックでさわやかな響きを聞かせてくれました

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2009年7月10日 (金)

「ねこ草」の生育観察

 090710nekogusa_00_2 わが家には2匹の猫ちゃんがお住まいしています。春日ちゃん(はるちゃん)11歳、土方くん(ひじくん)2歳です。猫や犬が雑草を食べているのを、ご覧になられた方はおられると思います。お腹の調子を整えるためには植物繊維を食べないといけないのですね。
 わが家では、その植物繊維である野菜を生育して食べさせています。この野菜「ねこ草の生育観察」の22日間をご覧ください。
(本文内の写真は「ねこ草」種・・・コメの籾(もみ)とそっくり)

【写真はクリックで拡大します】・・・どうぞ最後までご覧ください

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【種まき】・・・1日目

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左:【芽が出てきました】…4日目の朝
右:【芽が出て半日後】…4日目の夕方(わずか半日でこんなに芽が伸びている)

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左:【どんどん成長】・・・5日目の朝
右:【さらに成長が進む】・・・6日目の夜(1日半で茎は2倍以上の長さに)

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【成長が真っ盛り】…7日目の朝(このころから、1食当り2茎をもぎり取って、キャットフードの上にのせて与えます

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左:【さらに成長】・・・9日目の朝
右:【茎折れが始まる】・・・10日目の朝

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【ひじくんが草を食べているところ】・・・11日目の草の状態。そろそろとうがたちはじめてきました

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左:【ねこ草もくたびれ始め】・・・14日目の朝(中央部分は食べた残りの短くなった茎)
右:【くたびれ進行】・・・17日目の朝

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左:【終焉も間近の頃】・・・20日目の朝
右:【終焉前日】・・・21日目の朝

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【お役目終了】…22日目(「ねこ草くん」ご苦労さんでした)/右横にある新たな命へバトンタッチ

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2009年5月 5日 (火)

餅まきに氏子が大集合/桔梗が丘・鹿島宮例大祭

090505saiten3  5月5日は名張市桔梗が丘・鹿島宮の例大祭でした。住宅団地内のこのお宮さん、神事儀式の後は恒例の餅まきです。氏子をはじめ近隣住民の大人も子供もが大集合。壇の上から境内に向かってまかれるお餅を、うまく空中でキャッチする人や、地面に落ちたのを運良く拾った人など、皆さんわいわいがやがや楽しいひと時の獲得合戦でした。

 200名余りの氏子の方々は、準備されたテント内の椅子に座って厳かに神事に参列。毎年参列される武道場の氏子は剣道着を着用しての勇ましさです。
 桔梗が丘・鹿島宮は茨城県の鹿島神宮より祭神が分祀されて36年になりました。比較的新しいお宮さんながら、すっかり住宅団地に定着した様子です。

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【餅まき】・・・楽しむ氏子と近隣住民の方々

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【お供えのお餅】…このお餅をがまかれました

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【子供達には手渡しでお菓子を】

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左:【宮司入場】
右:【祝詞奏上】

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左:【参列者】・・・武道場氏子さんは剣道着を着用して
右:【玉串奉奠】・・・氏子代表の玉串奉奠

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【玉串と神饌】・・・氏子の方々に奉奠された玉串と神殿には神饌が

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2009年1月31日 (土)

「マリと子犬の物語」映画会

090131maritokoinu_0  また映画で泣きました話です。1/31(土)桔梗が丘公民館で「マリと子犬の物語」の映画を鑑賞してきました。地区内の親と子供たち150名ほどが集まってきました。
 この映画ご存じの方も多いことだと思いますが、感動の実話映画です。2004年の新潟県中越地震の被災地「山古志村」の兄妹の子供と母犬マリと3匹の子犬たちの物語です。
 090131maritokoinu_1 物語ではたくさんの「愛」が、語りかけてくれました。「親子兄妹の愛」「犬と人との愛」「犬の親子の愛」「村人たちの隣人愛」、そのほかにも人々が多くの愛の中でお互いが助け合って生きていく姿は、涙なみだの感動をめいいっぱい与えてくれました。このような素晴らしい話があったとは、本当に心うたれる今日の出来事でした。いま、この記事を書きながらも挿入写真を見ながら、また涙がこみ上げてきてしまいます。
 まだご覧になっておられない方がありましたら、是非ともお薦めいたしたいと思います。

(映画のあらすじ)
 山古志村の兄妹、亮太と彩。母親は病気で亡くなり、父親と祖父の4人家族。ある日、彩は野原で捨て犬を拾い、一家で飼うことに。マリと名づけられた子犬は、1年後には子犬を3匹産み彩の家族は幸せの中の日々を送っていた。そんな時、山古志村を悲劇の大地震が襲ったのだ。
 家の下敷きになったおじいさんと彩を助けるべくマリが救援隊を呼びに行く。村人たちは全員村からヘリコプターで避難をするが、母犬マリと3匹の子犬たちは残される。残されたマリは、食べ物を探し外敵から子犬3匹を守り抜いたのだった。
 そして、村人たちの一時帰村のときに、彩とマリと3匹の子犬は涙の再会を果たすことができた。

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左:【のどかな山村「山古志村」の田園】
右:【亮太と彩は捨て犬と出会い】…子犬はいつまでも2人を追っかけてくる

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【マリと子犬と幸せな日々の彩の家族】

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【村から避難のヘリコプターに】…彩は号泣しながら空に吊り揚げられていく

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【村に取り残されたマリと3匹の子犬たち】…ヘリコプターを見上げるだけ

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【一時帰村で彩はマリと涙の再会】

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2008年12月22日 (月)

映画「私は貝になりたい」を観て

081222kaininaritai_1  映画「私は貝になりたい」を観ました。この映画は1959年にフランキー堺主演で東宝から公開されている。その時も話題性のあった映画であって、私は19歳だったが観る機会を逸していました。それから50年再び、中井正広と仲間由紀恵の主演で公開されたのでした。
 少し前までの映画は、公開最初は「封切り」といって都会の一流館でまず上映され、その後二流館、そして地方へと上映が広がっていく形でありました、この頃は全国一斉に同時公開になっている。そんなことで、片田舎の私の地方でも早い時期に観ることができるので、今の時代はありがたいことです。
 前置きはこの辺にしまして、映画を観た感想を記します。

【観てきた感想】
・まず最初に言えることは、見終わっての気持ちは「やりきれないやるせなさ」です。そしてストーリーがそうであるように、終始明るく笑いが伴うシーンが全くないということ。
・「やるせなさ」を感じるもっとも大きなことは、物語の主人公が上官の命令によって捕虜を銃剣で処刑しなけれなばならなくなってしまうこと。それが悲劇の始まりであったこと。そして、戦犯として裁かれ死刑を宣告されてしまうこと、に尽きます。
・この物語のあらすじと結末を知っていますので、映画の最初の若い主人公の出会いから涙が頬を伝い始め、最後の最後まで涙を拭く暇がないくらいでした。
・物語は「夫婦愛」「親子愛」「人と人との心の触れ合い」が根底に流れています。人の命がこのような形で奪われていくというのが、「たまらなく痛ましく胸を締め付けられ」てしまいました。
・そして、極東軍事裁判(東京裁判)では勝者は敗者を一方的に裁くという理不尽さがあります。その批判も最近いろいろありますが、その議論はここでは別としまして、歴史上で数々の事例のある勝者の論理で敗者を裁くことの人の世の常に、悲哀を感じらるを得ませんでした。
・少し調べましたが、この裁判ではA級戦犯25名中8名が死刑、B・C級戦犯は5700名中920名が死刑になっています。この物語のようにB・C級で死刑になった920名に中には、上官の命令によって自分の意思にかかわらず罪を犯した方はたくさんおられたのではないかと思います。冤罪同様の無念さで世を去っていかれたことに、心から哀悼の念を表したいと思います。

 このようなことで、物語をご存じのない方にあらすじを記したいのですが、ブログが長くなりすぎますので省略します。関心をもたれた方は、どうかこの映画をご覧いただければと思います。上映はすでに終了している地域もあろうかと思いますが、レンタルDVDでもご覧いただけると思います。

【最後に主人公が残した家族あての手紙の要約です。】
『手足を失くしても妻や子の家族と一緒に暮らしたい。しかしもうそれが叶わない、もう一度生まれ変わるなら人間は嫌だ。牛や馬がいいが、それもまた人間にひどい目にあわせられる。それよりも深い海の底の貝になりたい。貝なら、兵隊に行かなくてもいい、戦争もない、妻や子の心配もしなくていい。
どうしても生まれ変わるのなら、…私は貝になりたい…』

(写真)

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左:【映画館のロビー】
右:【この映画館では4つの上映室があり、4つの映画を同時上映しています】

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2008年12月 1日 (月)

輪島で朝市を楽しむ

 先週11/26(木)のこと、女房と二人で能登半島へ行ってきました。1日目は羽咋市の「休暇村能登千里浜」泊。2日目(11/27)が休暇村企画のバスツアー『總持寺・輪島・時国家めぐり』に参加しました。そして、その日もまた休暇村に宿泊の2泊3日の旅でした。
 2日目のバスは27名乗りバスで参加者は6組夫婦の12名で、ゆったり過ぎるバスツアーとなりました。輪島では、有名な「輪島の朝市」です。日本三大朝市というのがあるそうです。一番がこの輪島朝市、そして岐阜高山と千葉勝浦と続くそうです。
 千葉勝浦の朝市は知りませんが、高山の朝市は宮川沿いの狭い道と、陣屋前がありますが、輪島は道幅も広くゆったりした通りを散策することができました。地元の農家の野菜売りのおばあさんが地べたに座って売っていたり、祭りの屋台のように小さな売り場小屋を構えているもの、通りの商店がそのままの店舗で販売するもの、テナントビルのようにたくさんの店が2階建て建物に集合している「駅長さんの店」等々、本当に賑やかな朝市でした。

 女房は漆細工のペンダントをさっそく見つけて買い求めていました。また、結局、通りを歩いていますとそれなりに目につくものが出てきて、お菓子や煎餅も買ってしまいました。漆塗りの箸もいくつか買い求める予定でしたが、バスガイドに聞きますとこの後に訪れる「漆器会館」の方がいいとのことでしたので、そちらで買うことにしました。

【そのようなことで、輪島朝市の風物写真をご覧ください】

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【輪島朝市風景】

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左・中央:【野菜売りのおばあさん】
右:【布ぞうり売り】

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左:【煎餅売りの店・「栄煎堂」】 … 一枚一枚を手作りしている煎餅です。ジャガイモでんぷんを使って松の実が入っています。このおばあさんは創業者の妻で、この道60年になるそうです。買った後、写真をブログに掲載したいと申し出ますと、おまけがすごい、割れたせんべいをビニール袋に買ったもの以上にたくさんサービスでいただきました。大もうけしてしました。
右:【買って帰った煎餅】

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左:【手作りの柚餅子(ゆべし)】 … ゆずを手作りでくり抜いているところ
右:【漆細工のアクセサリー店】 … 女房はペンダントを買い求めました

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2008年11月16日 (日)

赤ひげ医者・鎌田實先生の講演

081116_ikuseien_kinenkoen3  「現代赤ひげ医者」として全国に名声がとどろいています『鎌田 實先生』の講演を、11/16(日)に聞きに行きました。
 この講演は、社会福祉法人・名張育成園創立50周年記念行事で行われたものです。名張育成園は名張市に1958年(昭和33)に知的障害者を対象とした入所施設を設立しています。当時は障害者への理解が少なかった時代でしたが、それ以来、地道に活動を続け着実に実績をあげてきています。今では、知的障害児・障害者の150名余の入所施設、100名余の通所施設や、精神障害者授産施設を運営しています。
 実は、私・水無月生は精神障害者施設で生活支援の一環としますパソコン指導を担当していまして、少しでも精神障害者のお役にたてればと協力しています。

 前置きが長くなりました。本論の「現代赤ひげ医者・鎌田 實先生」の講演の話に進みます。テーマは【『がんばらない』けど『あきらめない』~命を支えるということ~】でした。先生は、長野県・諏訪中央病院名誉院長として心のこもった人と人との付き合いからの医療を続けておられまして、患者からは絶大なる信頼を得るとともに、からだの病気を治すだけでなく、病気でボロボロになろうとしている心まで癒していただくという治療を続けておられます。

 このような先生の講演の要点のいくつかを記します。
(1)命を守るには「いい加減」が必要。交感神経は「がんばる神経」、副交感神経は「ホッとすることを刺激する神経」。人生は、副交感神経優位が大切。交感神経優位になるとガンの誘発となる。
(2)命は、「人と人のつながり」、「人と自然のつながり」。地球には38億年前に単細胞生物が現れて以来、DNAを受け継いで進化した。生物は海から陸にあがり人類へと進化している。人類はすべての生物のDNAを受け継いで進化している。この過程は胎児の10月10日の生育過程にも凝縮してあらわれている。胎児の32日目の顔は不気味な魚の化け物、34日目は両生類の顔で海から陸に上がる進化過程の苦しみの顔に、36日目は爬虫類の顔に、38日目で哺乳類の顔に、そして、40日目で笑顔が見られる。この時期には母親は笑うことで、胎児に穏やかな心を伝えていくことになる。
(3)告知をするのであっても、医師からは「最後まで面倒をみる」「苦しまない努力をする」ことを約して、心のこもった治療とケアーをすることで、患者に生きる喜びと生きたい思いを持ってもらえて、余命が伸びた事例のいくつかが紹介された。
(4)その他、「人を大事にする気持ち、人をもてなす気持ち」の大切さを、93歳で亡くなる前のおばあさんの例や、チェルノブイリでの白血症の子供の治療にあたった時の心の通った付き合いでの話。
(5)また、日本の介護現場の貧弱さとますます悪化している現状の元凶は、政府の政策からきていること。
 これらのいくつかの話は、涙の出るような心の感動するものばかりでした。話はまだまだたくさんあって、もっともっとたくさん書きたいのですが、これ以上は長文になり過ぎますのでこの辺にします。

(写真はクリックで拡大します)
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左:【鎌田 實先生の講演案内】
右:【鎌田 實先生会場到着】…偶然にも会場玄関でお会いできました

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左:【講演受付風景】
右:【講演壇上の鎌田 實先生】

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【講演会場】…500名余りの聴衆で会場はほぼ満席(名張市青少年センター)

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【先生のサイン会】…講演を終わって販売された先生の著書に毛筆サインをもらっています

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2008年11月 4日 (火)

独り言/心筋梗塞・あれから1年

 今日のブログは、私・水無月生の独り言です。どうぞ、読み流し聞き流しにしてください。特にコメントのお気遣いは無用にてお願いいたします。

 昨年のこの日この時間は、死線をさまよったのち病院のベッドの上で仰向けのまま身動き不自由な状態でひたすらに寝たままになっていました。
この日の午後、公民館で囲碁大会の真っただ中、突然の耐えがたき胸の痛み、その後は全身麻痺に。「心筋梗塞」に襲われたのでした。公民館の職員の方々、救急処置をしてくださった救急隊の方々、そして、緊急手術をしてくださった病院の関係者の方々、多くの方の温かい適切な救命処置と治療のおかげと、いくつかの幸運・強運によりましてまさに「九十九死に一生」の生還をしました。

 命助かって病院で治療中での日々や、通常生活に戻ってからも時々考えることは、健康だったころには思いもよらなかったことですが、『生きているという実感』です。この心境は経験した者しかわからないことだと思います。言葉や文字では表わし切れませんが、
*****何気なく見上げた空、雲の流れ、あるいは遠くの景色や山川を眺めた時、この地球の上の広い大地の中で、生きている生物の一つがこの自分でもあるのだな。もし、あの時そうなっていたら、いま眺めている景色は・・・。それとも別のどのようなものを見ているのだろうか・・・******
等々の思いと共に、空や景色の光から、さわやかな風の匂いから、身体の中にしみ渡るように、何か知らないわからないものが流れくる感覚を覚えます。

 生きていて本当によかったと、しみじみと『生きているという実感』を抱きながらのこの一年でした。おまけでいただいた人生、これからも充実した生活を過ごしていくことが、助けてくださった方々への私の心からのお礼のしるしと、感謝の気持ちいっぱいの毎日です。

【関心を持たれました方は、次のURLから、「当日の様子」、「入院生活とその後のこと」を書き残していますので、どうぞご覧ください】
(心筋梗塞でひどい目に)…「当日の様子」のブログ
http://kys-blog.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/hidoimeni.html

(心筋梗塞顛末記)…「入院生活と退院後のその後のこと」の記録のホームページ
http://homepage2.nifty.com/kys/kys.wagaya_heart_trouble.htm

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朝日…入院中の朝は早い。夜明けの6:50頃

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夕日…入院中の晩秋の夕日。16:35頃

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紅葉…退院数日前の病院から見た丘陵
【これら3枚のの写真は、本文で記しましたように『生きているという実感』をしみじみと感じさせてくれました情景です】

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左:ナースステーション…入院生活1ヶ月間お世話になりました(退院の日に写す)
右:名張市民病院…命を救っていただきました恩人です(退院の日に写す)

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2008年10月28日 (火)

宇流冨志禰神社の宵宮/三重県名張市より

081027yoimiya_00_uruhusine  10/27は三重県名張市の「宇流冨志禰神社(うるふしね神社)」の宵宮でした。名前が読みにくいということは、歴史のある古い神社ということになります。
 8月にこのブログで記しましたが、名張は畿内の東の端。そして、壬申の乱でご存じの天武天皇の時代には、この地は伊勢への街道の要所として登場してきます。その時代からある神社ですが、戦国時代には織田信長の伊賀攻めで、すべてを焼き尽くされたそうです。その後の名張は、伊勢・伊賀の領主となった藤堂高虎の所領となり、伊勢街道・長谷街道の宿場町として明治まで続くことになります。

 前置きはこれまでにして、「宇流冨志禰神社の宵宮」の話に進みます。名張の街なかの神社の氏子の4つの町が、それぞれ4つの『講』をつくっています。それぞれの講では毎年一つの家が「頭屋(とうや)」として祭りの大きな役割を担うことになります。そして頭屋の中の一つが神の子として祝いを受けることになります。それが「年頭子(ねんどご)」と呼ばれ、祭りの主役を務める神の子として選ばれることになるのです。
 宵宮では、講の人々が御旅所になっている愛宕神社から宇流冨志禰神社までの2kmの道を30分余りかけて巡行します。巡行は「ネンド、ネンド、ゴーエー」と繰り返しくり返し声を掛けながら、松明を先頭にかかげ、年頭子の後ろには裃(かみしも)姿にちょうちんを手に持った人々が100人ほど行列をつくって練り歩くことになるのです。

 今の時代になっても、町の中でこれだけの多くの人が裃姿になってお祝いをすることそのものが珍しいことですし、それぞれの家々で裃(かみしも)と袴(はかま)をこの日のために保管してあることも、素晴らしいことだと思います。このように昔からの伝統を町をあげてしっかり守っていること、そして、この町の人々に根付いていることに、この神社のお祭りの格式を感じた次第でした。

・・・(写真はクリックで拡大します)・・・

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【松明を先頭に集まってくる「頭屋(とうや)」の方々】・・・御旅所の愛宕神社

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左:【御旅所に集まった「頭屋」の方々】・・・これだけ多くの裃姿が集まると壮観です(愛宕神社)
右:【
祝いの酒をいただいている「年頭子(ねんどご)」の家族】・・・愛宕神社

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【獅子舞の奉納】・・・御旅所の愛宕神社

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左:【「年頭子(ねんどご)」を先頭に「宇流冨志禰神社」まで練り歩く「頭屋」の人たち】・・・街なか
右:【子供たちが鐘つきやぐらで、鐘をついて巡行を祝っています】・・・街なか

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左:【町の家々では軒先に提灯をつけ、「年頭子」巡行を祝っています】
右:【格式の高い家の門前の提灯】・・・提灯にも格式が表れています

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左:【一の鳥居】・・・宇流冨志禰神社(うるふしね神社)参道
右:【宵宮の屋台】・・・神社参道を埋め尽くして

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【大篝火(かがりび)の向こうの神社本殿】・・・宇流冨志禰神社

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【大篝火の向こうで、神事を待っている「頭屋」の人たち・・・宇流冨志禰神社拝殿

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【大篝火の勢い強く拝殿の幕が焼けてしまった】・・・宇流冨志禰神社拝殿

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