健康

2009年6月27日 (土)

矢作川の源流をみる/愛知県根羽村

090619yahagigawa_0  茶臼山高原シリーズ第3報をお届けします。茶臼山高原(標高1237m)のホテル「休暇村茶臼山高原」から歩いて15分ほどのところに、『矢作川の源流』を見ることができる。川の源流というものを今までお目にかかったことがないので、どのようなものかを想像しながら歩いて行った。
 矢作川はこの茶臼山高原の愛知県根羽村から、豊田市・安城市・岡崎市・西尾市・一色町を流れて三河湾にそそいでいる全長117km。

 高原のゆったりした景色を眺めながら、第2報でお知らせした茶臼山山頂への道とは異なった山道に入っていくと、山の中腹から水が3本の竹の樋を伝って流れ出ていた。源流というものとの初対面である。私は、源流といったら山のどこかでチョロチョロと水が流れ始めるところかと思っていた。そうではなくて山の斜面の地面から水がわき出てくるところが源流なのだ。考えてみればそんなものなんだろう。そうでないと流れ始めが地表を流れる水なら、天候に左右されて少ない水ならすぐ枯れてしまう。当たり前のことが、再認識した次第です。

 まったりとした冷たい山水を口に注いで、周囲の自然環境の美しさをここでも味わいました。ホテルの飲料水や風呂の水、トイレの水も全てこの水で賄っていることも聞いていました。生水が美味しかったのは当然のことでした。

(写真はクリックで拡大します)

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左:【矢作川源流の水落ち場】…観光と保全のためなのか水落のところは石積みされていて人の手が入っている
右:【源流の水を飲む】…まったりと冷たくいい気持ちになります

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【源流のすぐあとの自然の小川】…源流の水落ち場から流れて、ここは本来の自然の小川のせせらぎ

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【小川のせせらぎのほとりで見つけた野草の花】…何という花なのか私にはわからない

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2009年6月23日 (火)

1415m茶臼山に登る/愛知県豊根村

 ホタル観賞をした翌日(6/19/金)は標高1415mの茶臼山(愛知県豊根村)に登りました。茶臼山高原シリーズ第2報をお届けします。
 茶臼山高原(標高1237m)のホテル「休暇村茶臼山高原」のすぐ裏にそびえる山が「茶臼山」。ここからは標高差200m足らずで山頂に登れる。距離1.2km、時間は40分程度。
 登り始めてわかったが、勾配が結構厳しくちょっとハードな行程だったが、山頂に到着するとそこからの眺めは雄大だった。やっぱり愛知県の最高峰だけはある。また、山そのものはそれなりに人の手が入っているが、登山道とその周辺はブナ林の自然を保存した原生林に覆われていて、自然環境を楽しむことができました。
 山頂では、野生菊にミツバチが何匹かとまって蜜を吸っている。近づいて写真を撮っても逃げようとしない。これらのミツバチも野生なんだろうと思うが、素朴なもので警戒心が全くないようだった。それから、この野生菊は何の花だろうかと帰ってから調べてみたが、まだわからない。花びらの形は「リュウノギク」によく似ているが葉っぱの形は違っているようで、開花時期もこの季節でない。まあそんなことより、素朴な光景を楽しむことで深く詮索はやめにしました。

では、茶臼山の自然を次の写真でご覧ください
【写真はクリックで拡大します】

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【茶臼山高原より茶臼山山頂を眺める】

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【茶臼山山頂からの眺め(南方向のパノラマ)】…右手の山は「萩太郎山(1358m)」。冬はスキー場、春から夏は芝桜が美しいらしい

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【ブナの原生林の登山道】・・・山道には岩が露出しているが、コケが生えている。人の踏みいれが少ないからこのように生息できているのか。また、右の写真のように人が一人歩ける程度の幅しかないところもある

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【野生菊の蜜を吸っているミツバチ】・・・山頂に群生している野草菊に何匹かとまっているが、近づいて撮影しても逃げていかない。ここでは外敵の恐れがないのか。

このシリーズ、あと2つのブログを投稿したいと思っています。鹿肉を食べたことと、矢作川源流です。

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2009年4月20日 (月)

同窓会幹事役は任務完了

090419tenridokikai00_2   昨日の4/19(日)は中学・高校の同窓会でした。私・水無月生は相棒の女子同級生とともに幹事役でしたが、無事任務完了しました。昭和30年(1955)中学卒業、昭和33年(1958)高校卒業です。
 今年70歳の元若者27名が元気に集まりました。6年間ともに過ごし気心がわかった連中ばかりです。毎年集まっていますが、何の話をしているのでしょうか、会えば話はいつまでも尽きません。不思議なものです。

 今年はちょっと趣向を凝らし、パソコンで作成したスライドムービーをプロジェクターで投影して仲間たちに見ていただきました。中学高校時代のお宝写真とその当時の時代の出来事写真を組み合わせたものと、最近15年の写真でストーリーを10分間で構成しました。スライドはパワーポイントとムービーメーカを併用し、当時の流行音楽をバックミュジックに取り入れました。50数年前への10分間のタイムスリップを楽しんだ次第です。

 お互いこの歳です。毎年会える機会があることそのものが幸せです。残念ながら旅立たれた仲間もいます。一次会と二次会合わせて6時間の語り合いの時間を、楽しく過ごし喜びを感じて来年もまた会えることを約してお開きにしました。

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左:【会場受付】・・・元美女たち
右:【食事】・・・宴はたけなわ

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【食事中も話ははずみます】

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【宴を終えて全員集合】

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左:【二次会カラオケ】・・・歌ってしゃべってそれでも話は尽きない
右:【二次会お開き】…「星影のワルツ」を全員で歌って

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2008年11月22日 (土)

69才は、この日は12才に

 69才の「じじばば」が11/22(土)に集まりました。小学校同窓会、卒業して57年が過ぎます。しかし、何年かに1回の同窓会ですが、集まればその瞬間からみんなは12才の少年少女になってしまいます。どうしてなんでしょうかね。この心理、皆さんも共通したものではないかと思います。

 私たちは1946年(昭21)入学です。「国民小学校」でした。学校には高等小学校という怖いお兄さんがいました。今でいう中学1,2年生です。そして、小学1,2年は男女共学、3年生からは「男子は女子と席を同じとせず」で、男女別学になります。そのころは男の子はみな日本男児の気構え強く、私は、早く3年になりたいと思っていました。しかし、3年になっても女の子が同じクラスにいる。どうしてかなと思っていましたが、あとでわかったことながら、六三三制の新しい教育制度が始まっていたのでした。

 そんな時代からの私たちです。33名が集まりました。同窓生は66名ですが、この年齢です6名の物故者がいます。昨年は私も危うく物故者の仲間入りをしかけましたが、お陰さまで元気な仲間と楽しく語り合えましたことは、この上ない喜びでした。3時間の食事会、席のあちこちは話に話をはずませて、食事に手をつけるのも忙しくあっという間の時間でした。

***【写真は全て解像度を悪くしてあります】***

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左:【会場の割烹料理店】
右:【食事会の始まり】…幹事の挨拶

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【どの席も食べるのを忘れて話は弾む】…何の話か皆さんそれぞれ夢中になって

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左:【カラオケはデュエットばかりが続く】
右:【お愛嬌の写真】…私たちはお互い初恋同士でしたかね/???!!!

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【今年まで元気にきました】…食事終わって記念写真に整列しましょう

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2008年11月16日 (日)

赤ひげ医者・鎌田實先生の講演

081116_ikuseien_kinenkoen3  「現代赤ひげ医者」として全国に名声がとどろいています『鎌田 實先生』の講演を、11/16(日)に聞きに行きました。
 この講演は、社会福祉法人・名張育成園創立50周年記念行事で行われたものです。名張育成園は名張市に1958年(昭和33)に知的障害者を対象とした入所施設を設立しています。当時は障害者への理解が少なかった時代でしたが、それ以来、地道に活動を続け着実に実績をあげてきています。今では、知的障害児・障害者の150名余の入所施設、100名余の通所施設や、精神障害者授産施設を運営しています。
 実は、私・水無月生は精神障害者施設で生活支援の一環としますパソコン指導を担当していまして、少しでも精神障害者のお役にたてればと協力しています。

 前置きが長くなりました。本論の「現代赤ひげ医者・鎌田 實先生」の講演の話に進みます。テーマは【『がんばらない』けど『あきらめない』~命を支えるということ~】でした。先生は、長野県・諏訪中央病院名誉院長として心のこもった人と人との付き合いからの医療を続けておられまして、患者からは絶大なる信頼を得るとともに、からだの病気を治すだけでなく、病気でボロボロになろうとしている心まで癒していただくという治療を続けておられます。

 このような先生の講演の要点のいくつかを記します。
(1)命を守るには「いい加減」が必要。交感神経は「がんばる神経」、副交感神経は「ホッとすることを刺激する神経」。人生は、副交感神経優位が大切。交感神経優位になるとガンの誘発となる。
(2)命は、「人と人のつながり」、「人と自然のつながり」。地球には38億年前に単細胞生物が現れて以来、DNAを受け継いで進化した。生物は海から陸にあがり人類へと進化している。人類はすべての生物のDNAを受け継いで進化している。この過程は胎児の10月10日の生育過程にも凝縮してあらわれている。胎児の32日目の顔は不気味な魚の化け物、34日目は両生類の顔で海から陸に上がる進化過程の苦しみの顔に、36日目は爬虫類の顔に、38日目で哺乳類の顔に、そして、40日目で笑顔が見られる。この時期には母親は笑うことで、胎児に穏やかな心を伝えていくことになる。
(3)告知をするのであっても、医師からは「最後まで面倒をみる」「苦しまない努力をする」ことを約して、心のこもった治療とケアーをすることで、患者に生きる喜びと生きたい思いを持ってもらえて、余命が伸びた事例のいくつかが紹介された。
(4)その他、「人を大事にする気持ち、人をもてなす気持ち」の大切さを、93歳で亡くなる前のおばあさんの例や、チェルノブイリでの白血症の子供の治療にあたった時の心の通った付き合いでの話。
(5)また、日本の介護現場の貧弱さとますます悪化している現状の元凶は、政府の政策からきていること。
 これらのいくつかの話は、涙の出るような心の感動するものばかりでした。話はまだまだたくさんあって、もっともっとたくさん書きたいのですが、これ以上は長文になり過ぎますのでこの辺にします。

(写真はクリックで拡大します)
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左:【鎌田 實先生の講演案内】
右:【鎌田 實先生会場到着】…偶然にも会場玄関でお会いできました

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左:【講演受付風景】
右:【講演壇上の鎌田 實先生】

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【講演会場】…500名余りの聴衆で会場はほぼ満席(名張市青少年センター)

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【先生のサイン会】…講演を終わって販売された先生の著書に毛筆サインをもらっています

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2008年11月 4日 (火)

独り言/心筋梗塞・あれから1年

 今日のブログは、私・水無月生の独り言です。どうぞ、読み流し聞き流しにしてください。特にコメントのお気遣いは無用にてお願いいたします。

 昨年のこの日この時間は、死線をさまよったのち病院のベッドの上で仰向けのまま身動き不自由な状態でひたすらに寝たままになっていました。
この日の午後、公民館で囲碁大会の真っただ中、突然の耐えがたき胸の痛み、その後は全身麻痺に。「心筋梗塞」に襲われたのでした。公民館の職員の方々、救急処置をしてくださった救急隊の方々、そして、緊急手術をしてくださった病院の関係者の方々、多くの方の温かい適切な救命処置と治療のおかげと、いくつかの幸運・強運によりましてまさに「九十九死に一生」の生還をしました。

 命助かって病院で治療中での日々や、通常生活に戻ってからも時々考えることは、健康だったころには思いもよらなかったことですが、『生きているという実感』です。この心境は経験した者しかわからないことだと思います。言葉や文字では表わし切れませんが、
*****何気なく見上げた空、雲の流れ、あるいは遠くの景色や山川を眺めた時、この地球の上の広い大地の中で、生きている生物の一つがこの自分でもあるのだな。もし、あの時そうなっていたら、いま眺めている景色は・・・。それとも別のどのようなものを見ているのだろうか・・・******
等々の思いと共に、空や景色の光から、さわやかな風の匂いから、身体の中にしみ渡るように、何か知らないわからないものが流れくる感覚を覚えます。

 生きていて本当によかったと、しみじみと『生きているという実感』を抱きながらのこの一年でした。おまけでいただいた人生、これからも充実した生活を過ごしていくことが、助けてくださった方々への私の心からのお礼のしるしと、感謝の気持ちいっぱいの毎日です。

【関心を持たれました方は、次のURLから、「当日の様子」、「入院生活とその後のこと」を書き残していますので、どうぞご覧ください】
(心筋梗塞でひどい目に)…「当日の様子」のブログ
http://kys-blog.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/hidoimeni.html

(心筋梗塞顛末記)…「入院生活と退院後のその後のこと」の記録のホームページ
http://homepage2.nifty.com/kys/kys.wagaya_heart_trouble.htm

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朝日…入院中の朝は早い。夜明けの6:50頃

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夕日…入院中の晩秋の夕日。16:35頃

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紅葉…退院数日前の病院から見た丘陵
【これら3枚のの写真は、本文で記しましたように『生きているという実感』をしみじみと感じさせてくれました情景です】

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左:ナースステーション…入院生活1ヶ月間お世話になりました(退院の日に写す)
右:名張市民病院…命を救っていただきました恩人です(退院の日に写す)

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2008年6月17日 (火)

父の日・プレゼントにパジャマが

父の日のプレゼントが届きました。今週は誕生日ですので、二重の喜びです。
送り主はわが娘、といっても一児の母です。昨年末に私にとっての初孫が誕生しました。それも、昨秋は私、心筋梗塞で生死の境をさまよって、あわやのところで一命を取り留めての、その後の孫誕生でしたので、この世に生き伸びた喜びと重ねての幸せでした。

病からの療養を続けて8カ月過ぎ、今週には69歳になります。23歳で社会人になり、考えてみればその時から既に3倍の人生を過ごすことになります。大病から助けていただいた多くの方々へのお礼も込めて、また新たな人生を、感謝しながら過ごしていきたいと思っています。

(写真1)今日届いた父の日プレゼントの「パジャマ」
(写真2)カメラに収めようと床に置いたら、僕も写せとポーズしてきました。名前は「土方」(ヒジくんといっています)。新撰組の土方歳三です。種類は、「マルチカン」のぼくちゃんです。……実は、娘のところからの預かりです。孫誕生で、いたずらするのでわが家に居候です。

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2008年5月15日 (木)

2泊3日の検査入院

 今週、月曜日からは2泊3日の検査入院で、昨日(5/14・水)退院してきました。
6か月前の昨年11月に心筋梗塞でダウンしまして、危うく命を取り留めたのですが、その後の経過観察のための検査入院をしてきました。

 検査は、腕の動脈からカテーテルを心臓まで挿入して、心臓の動きと心臓を動かす役目の冠状動脈の状態を観察するものでした。昨年は2回にわたってのカテーテルでの心臓手術を行ったのですが、今回は検査を目的としますカテーテル挿入で、結局3回目の挿入になりました。

 検査が終わって翌日、医師から説明を受けました。説明は心臓の動きを動画撮影したものを、パソコンの画面で見ながら行われます。心臓の動きと動脈の血液の流れが克明に分かる素晴らしい最新技術です。

 やはり心臓の一部の筋肉が壊死していますので、心臓の動きには部分的に滑らかさがありません。致し方のないことです。
心臓の冠状動脈は3本がありますが、私はそのうちの2本が閉塞していましたので、手術でその部分に「ステント」という網目状チューブを留置(挿入)して処置をしています。その状態も確認するのが今回の目的でした。部分的に若干狭まっているのがみられますが、まあ、それも致し方ないことです。その他にも、狭窄(狭くなる)個所があったり、枝管の先端部分に血液の流れが悪くなっているというのがいくつか見られます。080515siritubyoin 

 いずれにしても、不具合個所があっても日常生活はまずまずの状態で、大きな不自由がない程度に送れるわけですので、喜ぶべきことと思っています。これからも、自身の健康状態を自覚し、病気と仲良くお付き合いしながら、楽しく人生を過ごしていきたいと思っています。

そのようなことで、これからも皆さんよろしくお付き合いの程お願いいたします。

(写真1/本文中右側):お世話になりました名張市立病院
(写真2):検査後の両腕は不自由な状態が約7時間続く。左手は点滴注射。右手は動脈の止血処理の圧迫ベルト。
(写真3):入院中の食事。1日当たり、1800kcal・塩分7gの制限。日常でもこのヘルシー食事を続ければ、ダイエットは何ら苦労なく違いなく達成できます。メタボの方はいかがですか、やってみますか。
(写真4):退院の日の朝、病室からの窓外の朝もや山景色。朝6:00撮影

 なお昨年、心筋梗塞で入院治療しました詳細につきましては、私のHP/シニア青年・水無月生に「心筋梗塞でダウン」で、闘病顛末記を掲載しています。興味をお持ちの方は、どうぞ次のURLよりご覧ください
http://homepage2.nifty.com/kys/kys.wagaya_heart_trouble.htm

080515kensago_ude 080515byouinshokuji 左:(検査後の両腕/不自由な状態が7時間)
右:(入院中の食事/1日当たり1800kcal・塩分7gの制限)

080515asamoya_taiinbi (退院の日の朝、病室の窓外/朝もやの山景色)

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2008年1月19日 (土)

シニア青年・水無月生ホームページ/昨秋以来の更新をしました

 シニア青年・水無月生は昨秋11/04(日)に「心筋梗塞でダウン」しましたことは既に記していますが、この度、この一大事件につきましての顛末記を「ホームページ・水無月生」のページ内に記載することにしました

(記載していますページへはこちらからどうぞ)
http://homepage2.nifty.com/kys/kys.wagaya_heart_trouble.htm

2008年に入りまして体調も順調に推移してきています。活動再開も数日前からぼちぼち開始いたしました。そんな中で、正月よりホームページの更新作業を進めてきました。 まだ療養とリハビリの毎日の中でこの作業にかける時間は相当に少ないという制約がありますが、少しの時間で少しずつというつもりで進めることにしました。そのようなことでHP更新作業再開第1号はこのページにしました
心筋梗塞で倒れてから多くの人に助けていただいて、また、水無月生の人生後半に近いこの時期に、突然降って沸いたように起こったこの一大事件をしっかりと書き残そうと考えました。そのためにという事もあったのですが、入院中には毎日の出来事をノートに書きとめてきました。このようなことから、「水無月生の闘病顛末記」をこのHPに紹介した次第です。読んでいただきましても、本当に退屈な長い記事になりますが、関心をもたれました方はどうぞご覧ください
一旦、本日(2008.01.19)時点でSiteへのアップを行います。この日以降の記事もこれから出てくるものと思っています。その場合は、引き続きこのあとへ書き足していきたいと思っています。記事がまだまだ続きましたそのときは、よろしくお願いいたします

【命を助けてくださった方々へ再度お礼申し上げます】
水無月生のこのたびの急病にあたりましては、多くの方の温かい支援によりまして助けていただけました。心の底から何ものにも代えがたいものと感謝に堪えません
桔梗が丘公民館の職員の方々の親身な救急対応、名張市立病院のドクターの迅速かつ適切な救急治療とその後のきめ細かい治療、ナースの方々の親切で心のこもった看護には、本当にうれしく思っています。ありがとうございました
再びこの世に生をいただけましたことは、このように心を尽くして救命していただきました方々のお陰そのものと思っています。そして、そこに至る数々の幸運を奇跡的に差し伸べて頂いた神仏の力も信じざるを得ません。心からお礼申し上げます。

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2008年1月15日 (火)

パソコン指導活動再開の第1号

 2.5ヶ月ぶりのパソコン指導活動を今日から再開しました。11/初にダウンしてからやっとここまでこぎつけました。多くの方々にご心配をしていただきまして、本当にありがとうございました。
 まだいくつかの制約されることはありますが、ほぼ今までのような感じで日常生活を送ることが出来ます。本当に嬉しく思っています
 パソコン指導の活動開始第1号は、桔梗丘公民館サークル活動の『かがやきパソコン』サークルのパソコン講師を務めることからでした。2ヶ月間の講座に穴を開けてしまいまして、サークルの方々にご迷惑をおかけしました。お見舞いまでしていただきました上に、080115pc_circle今日は皆さんから温かく迎えていただきまして感謝しています
 講座の中間では、チョット一休みをしてお菓子タイムでくつろぎました【写真】 終わってみますと少し疲れを感じましたが、約75日間のブランクですから仕方のないことです。これから徐々に慣れながら体力の充実を待ちたいと思っています

 明日は、「桔梗丘公民館運営委員会」です。委員会の構成メンバーの方々からも心温まるお見舞いをしていただいています。活動開始第2号になりますが、久しぶりの再会とあわせてこのように復帰できたことを喜びたいと思っています、

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2007年12月28日 (金)

1ヶ月経過検査と診察

 今日もまた病気の話で恐縮です。退院後や4週間の経過検査と診察でした。体調の自覚は通常の日常生活では、ウオーキングで坂道を早足で歩くと息切れがして心臓が痛くなること、少し動きすぎると疲れが大きい、という以外はほとんど問題なし。というような状況のなかでの検査に臨みました。
 検査は、血液と尿の検査、心電図、胸部レントゲンを受検。正直なもので心電図を取り終えたときには、検査担当技師から「最近心筋梗塞を発症しましたね」と即座にコメントがありました。
 診察ではドクターから心電図の説明のあと、レントゲン写真を見ながら前回11/22撮影のものと比較して心臓の肥大が縮小していることを説明してもらいました。自分の目見ても確かに小さくなっているのが分かり嬉しいことでした。その他の日常生活指導については、特に指示がありませんでしたので今の状態継続でよいと判断しました。
 経過観察のカテーテル挿入による心臓検査は夏ごろとの指示。また、次の検診は2/8(金)と決まりました。
 来年1月から少しずつ従来からの活動を再開するつもりでいます。無理をしない中でリハビリと通常生活のバランスを保ちながら、おまけでもらった人生を大切に過していきたいと思っています。

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2007年12月26日 (水)

退院後初めての遠出

 11月末まで入院生活後、12月から自宅療養とリハビリを続けていましたが、今日は退院後初めての遠出を妻と二人で行きました。行先は水無月生の故郷にある墓参りです。毎年年末にはお参りしていますが、今年はあわやの寸前で助かりましたこの命のことをご先祖にお礼と報告でもありました。水無月生家の墓は山の辺道にある崇神天皇陵のすぐ北側にありまして、その名も「山の辺霊園」です。
 車で行くのですが、距離は往復80km、時間は墓参と昼食の時間を加えて往復約4時間、で、通常なら何ともないのすが、今回はやはり今までとは違いました。帰宅しますとぐったり疲れていました。こんな程度の距離と時間でしたが、まだ無理がきかないのがよくわかりました。午後に帰宅してすぐ夕方まで2時間ぐっすりと寝込んでしまいました。

 今日のブログはこんなところにしておきます。まだ療養中になりますので、今までのような話題が乏しいものですので、このようなつまらない記事になってしまい失礼しました。ではまた、次の機会まで。

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2007年8月18日 (土)

3ヶ月ぶりのゴルフ

 酷暑の今日は名張カントリークラブで「新友会ゴルフ例会」の日でした。このところゴルフに出かける機会がめっきりと少なくなってしまっています。実は、5月に一度「新友会例会」でラウンドしたきりでした。6月も例会でラウンドしましたが大雨でハーフで切り上げの不完全ラウンド、7月は台風で中止。結果的に3ヶ月ぶりのゴルフになってしまいました。
 一週間ほど前から、こんな状態では満足なプレーが出来ないと思い、チョット練習ということで、1日おきに練習場に通いました。
 今日は、スタートのティーショットは緊張の中でまずまずのショット。しかし、1番ホール(パー5)はダボのスコア。チョットいやなムードで始まりました。2番ホール(パー4)はボギー。3番(パー3)はパートなりました。
 その後の調子は上向。上がってみればOUTは41でした。今日は80台が期待できそうでした。午後のINは45。トータル86のラウンドとなりました。久しぶりの80台で、今年度では初めてになります。満足の一日になりました。1週間、練習場に通った成果もあったということでしょうか。そんな単純なことではないと思いますが、まあそのようにしておきましょう。

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2007年8月15日 (水)

ゴルフ練習場/お盆はガラ空き

 久しぶりのゴルフ練習でした。世間はお盆休みの真っ最中ですので、皆さんあちこちに出かけたのでしょう、ゴルフ練習場はガラ空きの状態でした。
 今週の土曜日に久しぶりのラウンドをしますので、チョットばかり練習しないと思って出かけました。結果、写真のようにボックスはほとんど人はなしでした。
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2007年8月 3日 (金)

市民夏期大学第3回目講座

 桔梗丘公民館・市民夏期大学の第3回目の講座が8/3(金)開講しました。今日の講座は「豊なシニアライフを求めて-私の介護体験から」という演題で、細見 三英子氏(元産経新聞大阪本社編集委員)が講演していただきました。
 細見三英子さんは産経新聞で文化部編集員、経済部編集委員等を歴任。また、大阪市男女共同参画懇話会委員、文化庁国語審議会委員、関西大学講師、武庫川女子大講師等の公職を歴任。著書は、「20世紀特派員」、「明日を切り開く女たち」その他食生活や家族、親子、女性等に関する出版をたくさんされています。また、新作著書の紹介もありました《「中国女性担保」(新潮社より出版)¥1,300》
 今日の講座は、講師が自身の両親の介護に関わった経験よりの話でした。1990年父親が脳出血で左半身麻痺。以後8年間の介護。病院の対応の悪さ、家族の協力の大切さ等の話。教訓として、倒れないようにするには毎日血圧測定と記録をしてトレンドを把握しておくことが大切と。
 そして次は2002年頃から母親が認知症になり始めたこと。そして症状は次第に進行して、数年前からは連日の幻想と幻聴が激しくなってきたこと。家族とのいさかい、深夜の電話、徘徊に悩まされる日々が続いていること。このような母親をいろんな手を尽くしながら介護を行っている苦労話や得た知識を一つ一つ紹介していただいてきました。
 この話に中でも大切なことは「プロの目で見てくれる優秀なケアマネージャー」に恵まれることであるということでした。

 聴衆しているものはそれぞれ大なり小なり介護に縁がある年代ばかりです。聞くこと一つ一つが他人事と思って聞くことが出来ないものばかりでした。わが身に置き換えて自身が当事者になって介護をする立場になるのが現実でもありますが、他方、介護を受ける立場にも必ずなっていくことも間違いないわけです。今日の話をいい教訓にいざという備えを怠らないようにしたいと思いました。
(講座風景の写真です)
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2007年7月14日 (土)

大型台風でゴルフは中止

 7/14(土)大型で強い勢力の台風4号が九州から日本列島を縦断して襲来となった。この日は毎月楽しんでいる「新友会・ゴルフコンペ」の例会日だった。先月は雨でハーフでやめて、今月は台風で中止。2ヶ月連続で不運なことになってしまっている。
  明日・7/15(日)は、橿考研・友史会の7月例会で、京都の田辺市から八幡市にかけての古墳を散策することになっていたが、多分、例会も中止だと思うのでこれも止めにしようと思っている。
 これで丸々2日間の予定が狂ってしまったが、それはそれでやることが一杯あるので時間をもてあますことなく過せると思っている。

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2007年7月 2日 (月)

帯解寺で安産祈願

 娘の懐妊に当たって「帯解寺」で安産の祈願をしてきました。我が家にとっての初孫です。出産予定は12月17日ですが、昔から妊婦は安産のために5ヶ月目の犬の日にお腹を冷やさないように腹帯を巻くことにしています。
 奈良・平城京の南端にある帯解には「本尊帯解子安地蔵菩薩」をお祀りする「子安山・帯解寺」があります。このお寺は、今から1000年ほど前の昔に、55代文徳天皇の皇后が帯解子安地蔵菩薩に懐妊祈願されてお生まれになったのが清和天皇といわれています。それ以来、帯解寺と勅命されたとのことです。
 徳川時代にも将軍家の祈願にて、めでたく第4代家綱公を安産されたこととか、都の公家衆の祈願も多くあるとのことです。
 現在でも、美智子皇后陛下のご懐妊をはじめ、雅子妃殿下、秋篠宮紀子妃殿下の安産法要はこの帯解寺にて執り行われています。

 この日は、朝から家を出発しまして、10時過ぎにお寺に到着。持って行った「さらしの腹帯」を仏前に置いて祈祷をしていただきました。ちょうど若い夫婦が2人目の出産ということで来ておられて、私たち老夫婦と二組の祈祷でした。帰宅後、妻はその帯をさっそく横浜の娘宅に送りました。7月15日の犬の日に巻く始めることにしています。
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「帯解寺」へのリンク

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2007年6月14日 (木)

e-コメントに投稿

 e-コメントというものへ昨夜(6/13)投稿しました。三重県のホームページ内にある「IT広聴事業」のページの中に「e-コメント」というページがあります。その中にいろんなカテゴリー毎にテーマを決めて投稿を募っています。昨夜は、その中の「世界禁煙デー」にあわせた禁煙に関するテーマがありましたので、私が禁煙に成功した事例を投稿しました。このe-コメントページは面白そうなので、このあとにも他のテーマに投稿したいと思っています。

 実は、このe-コメントは三重県広聴広報室の担当の方が桔梗が丘公民館を通じてPRにこられまして投稿の依頼を受けまして、それに応じたということでした。
 また、県の担当の方から、公民館で行っているパソコンサークルの受講者にもPRと操作演習をする時間を作ってほしいと今日メールで依頼がありました。 パソコンレッスンの教科の一環として依頼に応じたいと思っています。
(興味をもたれましたら、e-コメントへは次からアクセスしてください)
e-コメント

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