映画・テレビ

2009年10月 6日 (火)

休館日の特別観覧/神戸市立博物館

 10/5(月)神戸市立博物館は休館日。しかしその日に特別観覧がかないました。いま、この博物館ではシアトル美術館所蔵の日本・東洋美術名品展「美しきアジアの玉手箱」が開催中です。シアトル美術館の東洋美術品コレクションの中から98件が出展しています。江戸末期から明治時代にかけて国外流出した名品の数々でした。これらのものが日本に残っていたら重要文化財に指定されるようなものばかりでした。
 休館日で120名限定ですので人ごみ越しの観覧にはならずじっくりと鑑賞できましたが、惜しむらくは観覧時間が1時間だったので、もう少し時間をかけて見たいという心が残りました。

 どうしてこういう機会に巡り合えたかといいますと、JR西日本ジパング倶楽部の会員用企画だったのです。私の妻がジパング倶楽部の会員です。そんなことで、この日の午後、120名ずつの2部制で、30分の特別セミナーでスクリーンに映し出した展示品の解説を聞かせてもらってから、1時間の鑑賞となりました。素晴らしい名品の数々を押し合いっこなしに鑑賞できたのは幸せなことでした。
 興味をもたれた方は、12/6(日)まで開催していますので、どうぞ、お出かけになってください。また、webサイトは次からご覧いただけます。http://seattle-kobe.jp/

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【美しきアジアの玉手箱展パンフレット】…左が表・右が裏側

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左:【神戸市立博物館入場前】…休館日でしたので、受付時間まで開門していただけません
右:【ジパング倶楽部の企画案内切り抜き】

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左:【観覧後に買って帰った展示品の絵葉書】
右:博物館へは神戸・三宮より徒歩十分ほど。三宮商店街を通って行きました

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2009年1月31日 (土)

「マリと子犬の物語」映画会

090131maritokoinu_0  また映画で泣きました話です。1/31(土)桔梗が丘公民館で「マリと子犬の物語」の映画を鑑賞してきました。地区内の親と子供たち150名ほどが集まってきました。
 この映画ご存じの方も多いことだと思いますが、感動の実話映画です。2004年の新潟県中越地震の被災地「山古志村」の兄妹の子供と母犬マリと3匹の子犬たちの物語です。
 090131maritokoinu_1 物語ではたくさんの「愛」が、語りかけてくれました。「親子兄妹の愛」「犬と人との愛」「犬の親子の愛」「村人たちの隣人愛」、そのほかにも人々が多くの愛の中でお互いが助け合って生きていく姿は、涙なみだの感動をめいいっぱい与えてくれました。このような素晴らしい話があったとは、本当に心うたれる今日の出来事でした。いま、この記事を書きながらも挿入写真を見ながら、また涙がこみ上げてきてしまいます。
 まだご覧になっておられない方がありましたら、是非ともお薦めいたしたいと思います。

(映画のあらすじ)
 山古志村の兄妹、亮太と彩。母親は病気で亡くなり、父親と祖父の4人家族。ある日、彩は野原で捨て犬を拾い、一家で飼うことに。マリと名づけられた子犬は、1年後には子犬を3匹産み彩の家族は幸せの中の日々を送っていた。そんな時、山古志村を悲劇の大地震が襲ったのだ。
 家の下敷きになったおじいさんと彩を助けるべくマリが救援隊を呼びに行く。村人たちは全員村からヘリコプターで避難をするが、母犬マリと3匹の子犬たちは残される。残されたマリは、食べ物を探し外敵から子犬3匹を守り抜いたのだった。
 そして、村人たちの一時帰村のときに、彩とマリと3匹の子犬は涙の再会を果たすことができた。

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左:【のどかな山村「山古志村」の田園】
右:【亮太と彩は捨て犬と出会い】…子犬はいつまでも2人を追っかけてくる

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【マリと子犬と幸せな日々の彩の家族】

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【村から避難のヘリコプターに】…彩は号泣しながら空に吊り揚げられていく

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【村に取り残されたマリと3匹の子犬たち】…ヘリコプターを見上げるだけ

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【一時帰村で彩はマリと涙の再会】

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2008年12月22日 (月)

映画「私は貝になりたい」を観て

081222kaininaritai_1  映画「私は貝になりたい」を観ました。この映画は1959年にフランキー堺主演で東宝から公開されている。その時も話題性のあった映画であって、私は19歳だったが観る機会を逸していました。それから50年再び、中井正広と仲間由紀恵の主演で公開されたのでした。
 少し前までの映画は、公開最初は「封切り」といって都会の一流館でまず上映され、その後二流館、そして地方へと上映が広がっていく形でありました、この頃は全国一斉に同時公開になっている。そんなことで、片田舎の私の地方でも早い時期に観ることができるので、今の時代はありがたいことです。
 前置きはこの辺にしまして、映画を観た感想を記します。

【観てきた感想】
・まず最初に言えることは、見終わっての気持ちは「やりきれないやるせなさ」です。そしてストーリーがそうであるように、終始明るく笑いが伴うシーンが全くないということ。
・「やるせなさ」を感じるもっとも大きなことは、物語の主人公が上官の命令によって捕虜を銃剣で処刑しなけれなばならなくなってしまうこと。それが悲劇の始まりであったこと。そして、戦犯として裁かれ死刑を宣告されてしまうこと、に尽きます。
・この物語のあらすじと結末を知っていますので、映画の最初の若い主人公の出会いから涙が頬を伝い始め、最後の最後まで涙を拭く暇がないくらいでした。
・物語は「夫婦愛」「親子愛」「人と人との心の触れ合い」が根底に流れています。人の命がこのような形で奪われていくというのが、「たまらなく痛ましく胸を締め付けられ」てしまいました。
・そして、極東軍事裁判(東京裁判)では勝者は敗者を一方的に裁くという理不尽さがあります。その批判も最近いろいろありますが、その議論はここでは別としまして、歴史上で数々の事例のある勝者の論理で敗者を裁くことの人の世の常に、悲哀を感じらるを得ませんでした。
・少し調べましたが、この裁判ではA級戦犯25名中8名が死刑、B・C級戦犯は5700名中920名が死刑になっています。この物語のようにB・C級で死刑になった920名に中には、上官の命令によって自分の意思にかかわらず罪を犯した方はたくさんおられたのではないかと思います。冤罪同様の無念さで世を去っていかれたことに、心から哀悼の念を表したいと思います。

 このようなことで、物語をご存じのない方にあらすじを記したいのですが、ブログが長くなりすぎますので省略します。関心をもたれた方は、どうかこの映画をご覧いただければと思います。上映はすでに終了している地域もあろうかと思いますが、レンタルDVDでもご覧いただけると思います。

【最後に主人公が残した家族あての手紙の要約です。】
『手足を失くしても妻や子の家族と一緒に暮らしたい。しかしもうそれが叶わない、もう一度生まれ変わるなら人間は嫌だ。牛や馬がいいが、それもまた人間にひどい目にあわせられる。それよりも深い海の底の貝になりたい。貝なら、兵隊に行かなくてもいい、戦争もない、妻や子の心配もしなくていい。
どうしても生まれ変わるのなら、…私は貝になりたい…』

(写真)

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左:【映画館のロビー】
右:【この映画館では4つの上映室があり、4つの映画を同時上映しています】

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