カテゴリー「携帯・デジカメ」の記事

2020年5月 5日 (火)

わが家の「花水木」が満開

(2020.05.05)
わが家の庭の「花水木」が満開しました。今年は、武漢ウイルスで外出自粛が続いていますが、この花で滅入る気持ちが和らぎました。
植物は、世の中が大騒ぎでも素直に私たちを楽しませてくれます。

200504hanamizuki01

200504hanamizuki02

200504hanamizuki03

| | コメント (3)

2020年4月 9日 (木)

スーパームーンを撮りました【2020.04.08(水)】

 2020.04.08(水)は今年最大の満月(スーパームーン)を迎えるということで、わが家の居間から写真を撮りました。
 今年は4月のこの日が、お月さんと地球の距離が最も近い距離のときに満月になるのでした。ラッキーなことにこの日の夜は、雲はあったものの適当な切れ目の間から、「美しいお月さま」を鑑賞することができました。

 お月さんと地球の距離は、4月は最接近で「357千km」、10月が最遠で「406千km」になるそうです。4月のお月さまの、見かけの大きさは10月の約1.14倍になります。明るさは1.3倍位なるそうです。

 お月さんと対照する物体がありませんでしたので、単純な写真になりましたが、どうかご覧ください。
【雲のないときに】
 200408supermoon01

【雲から姿を現しました】
200408supermoon02

【撮影モード変更】・・・「夜空を美しく」モードで撮影しました。ブルームーンになりました
200408supermoon03

| | コメント (0)

2019年2月18日 (月)

飛鳥を歩いてきました

 2019/02/17(日)飛鳥を歩いてきました。この日は、奈良県立橿原考古学研究所・付属博物館の「友史会」2019年2月例会でした。参加者は200名近くの大人数でした。
 テーマは「飛鳥の神名火を巡る」【神名火(カムナビ)とは、神が宿る山や森のこと】。
 万葉集にも「神名火(カムナビ)」を詠んだ歌がたくさんあります。古代の飛鳥の時代の神名火の山は、どの山だったんだろうかということで、訪ねて歩きました。近鉄・橿原神宮前駅より飛鳥の古墳、史跡、神社、そして山を登ってまた歩いて、橿原神宮前駅までの16㎞の強行軍で、たっぷり一日を過ごしてきました。

 (歩きましたルートは次です)
・橿原神宮前駅 ― 雷丘 ― 飛鳥坐神社・飛鳥山口坐神社 ― 酒船石遺跡 ― 飛鳥宮跡 ― ミハ山(大神神社の三輪山ではありません) ― 飛鳥稲淵宮殿跡 ― 坂田寺 ― 石舞台古墳 ― 川原寺裏山遺跡 ― 甘樫丘 ― 橿原神宮前駅

(甘樫丘(アマカシノオカ)から見た畝傍山と耳成山、香具山とそして明日香村の写真をご覧ください)

01unebi190217_3
【畝傍山】
…甘樫丘から見る畝傍山は、円錐形に見えません。後方に見えるのが二上山

02miminasikaguyama190217_2
耳成山(左)と香具山(右)】…耳成山と手前の森まで辺りが、藤原京跡です

03amakasioka_to_asuka190217_3
【甘樫丘から明日香村を展望しています】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月31日 (火)

わが家の猫ちゃんの旅立ち

わが家のかわいい猫が、2017.10.30夕方この世を去りました。今日まで何一つ病気らしきものを患うことなく元気に過ごしてきて、195か月の長寿を全うしました。よくもこれだけの長生きができたものだと喜んでいる半面、いま、家族でこの別れを深い悲しみと涙をしています。声をかければいつものように、いまにも起きてきて「ニャ~ン」と返事をしてくるような寝顔していまして、愛おしさが一層です。昨夜は、私の枕もとに亡骸を寝かせて一緒に就寝しました。今日は一日家族と過ごして、明日、火葬にふします。

名前は「春日(はるひ)」で、通称は「はるちゃん」でした。貴婦人のような容姿の気品のある子でした。若いころはほとんど毎日、庭に出て遊ぶのが好きでした。しばらく遊んだ後は必ず帰ってきて、閉まっているサッシュのガラス戸と網戸を、両手で一生懸命引っ張って開いて室内へ入ってきました。また、室内にいるときは、窓の外を見るのが好きで、じっと飽きることなくあちこちに興味の視線を送って過ごしていました。

思い出の写真集を作りました。ご覧いただければ嬉しいです。

Photo_2





| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月 9日 (土)

Excelで作る超簡単オリジナル4か月カレンダの更新をしました

Excelで一発入力するだけで作成できる超簡単オリジナルカレンダの2016年版を更新しましたので公開します。ダウンロードしてご活用していただきましたら嬉しく存じます。

このカレンダは、Excelの一つのセルに日付を入力しますと、一発で4か月カレンダが出来上がるように工夫をしています。任意の起点の月から4か月間のカレンダが出来上がりますが、カレンダは、20162020年までの5年間使えるようにしています。休日の表示も2020年まで組み込んでいます。

また、上半部の写真は、ご自分で撮影されましたお気に入り写真と入れ替えを行っていただきまして、ご自身のオリジナルカレンダとして楽しんでいただければと思います。

このExcel 4か月カレンダは、2009年に初公開しまして、今回は5回目の更新になります。

 

(ダウンロードは次のWebページからです)

●シニア青年・水無月生HP内・・・『Excel4か月カレンダ』

・ダウンロードおよびその後の操作説明は、Webページをご覧ください。
160109excelcalender


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月10日 (月)

京の夏の旅/文化財特別公開(第3報)/南禅寺・大寧軒

150801daineiken00「京の夏の旅・文化財特別公開」見学、第3報は「南禅寺・大寧軒(だいねいけん)」をお届けします。

京都市の今年の夏の観光キャンペーン「京の夏の旅・文化財特別公開」は、9/30()まで開催されています。

今回の私の京の夏の旅・二日目は8/1()の午後に、「南禅寺・大寧軒」の庭園を見学してきました。この庭園も普段は非公開になっています。

 

南禅寺境内にある大寧軒は「池泉回遊式庭園」と言われる470坪の明治時代の素晴らしい日本庭園です。この日も京都は猛暑日、しかし、庭園内を流れる清流と格調高い日本庭園の美しさに、暑さを忘れる別世界を楽しませていただきました。

この庭園の元の場所は、南禅寺の塔等・大寧院があったそうです。南禅寺の寺領の多くは明治の初めの廃仏毀釈で、お上に召し上げられました。この周辺は京都東山の風光明媚な地ですので、京都府から民間に払い下げをされました。そして、当時の財閥や大金持ちが別荘や別宅として購入したそうです。大寧軒は茶道家元藪内家が所有していましたが、2004年に再び南禅寺の所有に戻りました。

東山を借景にした庭園は中央を流れる小川に琵琶湖疏水を取り入れていまして、豊かな水がさわやかなせせらぎとなっています。清流の取り入れ口にはあまり目にすることのない珍しい「三つ柱鳥居」が流れをまたぐように建っています。京都三珍鳥居と言われる太秦の神社「蚕ノ社」の鳥居を模したそうです。また、園内全体は苔に覆われていまして、飛び石以外は踏み入れないように注意書きがありました。

園内の燈籠もいろんな種類のものがあります。私は燈籠のことはよく知らなかったのですが、ボランティアガイドの説明では「春日型燈籠、雪見型燈籠、織部型燈籠」など9つが据えられているそうです。そしてもうひとつ面白いのが小川の底には「シジミ」の殻がたくさん見られます。琵琶湖疏水と一緒に琵琶湖のシジミが流れてきているのでした。

 

付け足しの話ですが、この日の午前中は平安神宮の「神苑」を散策してきました。宿泊したホテルのサービスで入場券をもらったのでした。神宮神苑はいままで何回となく訪ねていますが、この庭園もいつもゆったりした心地で歩きまわれるのでお気に入りです。

私たち夫婦の二日間の京の夏の旅、いつものことながらゆっくりペースののんびり旅。二日間の訪ねた場所は4か所でした。

 

150801daineiken01

【大寧軒(だいねいけん)の入り口門】

150801daineiken02

【大寧軒の日本庭園(1)】・・・門から入ってすぐの庭園の展望

150801daineiken03

【大寧軒の日本庭園(2)】・・・少し中に進んで池の正面から。池の右手向うから川が流れ入っています。「三つ柱鳥居」が小さく見えています

150801daineiken04

【三つ柱鳥居】・・・鳥居の向こうの岩から取水の滝が流れています。鳥居は京都三珍鳥居と言われる太秦の神社「蚕ノ社」の鳥居を模したそうです

150801daineiken05

【大寧軒の日本庭園(3)】・・・庭園多くからの展望。右手後方のこんもりした繁みは、借景の東山三十六峰の一つ・大日山

150801daineiken06_2 150801daineiken07_2

(左)【シジミ】・・・琵琶湖疏水と一緒に流れてきた琵琶湖のシジミの殻

 

(右)【大寧軒拝観券】

150801heianjingu08

【平安神宮神苑(1)】・・・中神苑の蒼龍池。赤、白、薄黄色の睡蓮が見事に咲き乱れていました。池の中央に並んでいる飛び石は、古い石柱を使った臥龍橋

150801heianjingu09

【平安神宮神苑(2)】・・・東神苑の栖鳳池(さいほう池)と泰平閣(橋殿)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月 7日 (金)

京の夏の旅/文化財特別公開(第2報)/下鴨神社本殿

150731simogamo00
「京の夏の旅・文化財特別公開」見学、第2報は「下鴨神社本殿・大炊殿・神服殿」です。1報の上賀茂神社に続いての報告です。

京都市の今年の夏の観光キャンペーン「京の夏の旅・文化財特別公開」は、9/30()まで開催されています。

7/31()の午後は、上賀茂神社から下鴨神社へ移動しての見学でした。下鴨神社の正式名称は「賀茂御祖神社(かもみおや神社)と言います。

本殿は東西二つの社になっていまして、国宝に指定されていますとともに世界文化遺産にも登録されています。1863(文久3)に造営されました本殿は、今年が式年遷宮で檜皮葺き屋根、朱塗りの高欄などが修繕され、特別公開で「参拝所」から拝むことができました。

祭神は東殿には『玉依媛命(たまよりひめのみこと)』がお祀りされていまして、上賀茂神社の祭神の『賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)』の母神になります。また、西殿には『賀茂建角身命(かもたけつぬのみこと)がお祀りされていまして玉依媛命の父神になります。

二つの本殿を参拝のあと、同じく特別公開の「大炊殿・神服殿」を見学して、朱塗り鮮やかな「楼門」をくぐります。この楼門は1628(寛永5)建立で、高さが30m、重要文化財です。

 

楼門を出ると正面鳥居に向かいます。そのすぐ横に休憩所がありました。この日は、日本全国は猛暑日。水分補給をしながら歩いていましたが、この休憩所で大きなかき氷を食べることにしました。熱しきった身体の中心を冷たい氷水が気持ちよく流れていきました。

正面鳥居から外の参道は原生林の『糺(ただす)の森』。36,000坪の原生樹林は、この日の夏日を感じさせない爽やかな大空間でした。糺の森の南詰にある「河合神社」をお参りして、この日の下鴨神社特別参拝はおしまいです。

 
原生林を出てまた真夏の街なか道を出町柳まで歩いて、駅前からこの日のホテルへ市バス203系統で向かいました。二日目の記事はこの後、3報で報告します。どうぞ、ご覧ください。

150731simogamo01
【下鴨神社・楼門】・・・1628(寛永5)建立で、高さが30m、重要文化財です

 
150731simogamo02

【幣殿】・・・幣殿から祝詞舎を写す。御簾の向うに東本殿と西本殿があります。


150731simogamo03

【東本殿】・・・御簾の向こうの東本殿を回廊の外格子の隙間からとりました。『
玉依媛命(たまよりひめのみこと)』がお祀りされています。本殿の御扉の両脇には金と銀の獅子狛がお守りしています


150731simogamo04

【正面鳥居と楼門】


150731simogamo05 150731simogamo06

(左)【さざれ石】・・・「君が代」に唄われています。小さな石ころが永い年月を経て巌となっていくことで、神霊が宿る石であると信じられています
(右)
【下鴨神社本殿・大炊殿・神服殿拝観券】


150731simogamo07

【境内案内図】

150731simogamo08
【参道】「糺(ただす)の森」…36,000坪の古代原生樹林に囲まれた、癒しの空間です。社殿とともに世界文化遺産に登録されています

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月 4日 (火)

京の夏の旅/文化財特別公開(第1報)/上賀茂神社本殿・権殿

150731kamigamo00京都市の今年の夏の観光キャンペーン「京の夏の旅・文化財特別公開」見学を7/31()8/1()の二日間、出かけてきました。このキャンペーンは9/30()まで開催されています。

一日目の7/31()は「上賀茂神社本殿・権殿」と「下鴨神社本殿・大炊殿・神服殿」を参拝してきました。まず第1報は「上賀茂神社本殿・権殿」の報告です。

上賀茂神社の正式名称は「賀茂別雷神社(かもわけいかづち神社)と言います。世界文化遺産に登録されていますこの神社は、京都最古の社ですが、今年は21年ぶりの式年遷宮になっていまして、修復されました本殿(国宝)と権殿(国宝)を特別参拝させていただきました。

この特別参拝は、普段は入ることの出来ない神域に立ち入るということで、「特別参拝の浄め掛けたすき」を首から掛けて、神職に案内していただきました。一千年の時の流れを越えて、古の姿そのまま残っています檜皮葺の「本殿」・「権殿」の前では、心が癒される思いと安らぎを感じさせていただきました。

祭神は『賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)』で、母親は下鴨神社にお祀りされています『玉依媛命(たまよりひめのみこと)』です。

午前中、境内をゆっくりと参拝して、境内を流れています「御手洗川(みたらし川)のさわやかな流れを目と耳で楽しみました。昼食を済ませてから市バス4系統に乗って下鴨神社へ向かいました。下鴨神社の記事はこの後、第2報で報告します。どうぞ、ご覧ください。
 

150731kamigamo01
【上賀茂神社・一の鳥居】

 

150731kamigamo02
【細殿、立砂と楼門】
 
 
150731kamigamo03 150731kamigamo04
(左)【楼門と玉橋】
(右)【本殿・権殿はこの門の向う側】・・・撮影禁止になっています。本殿・権殿は心爽やかに拝んできました
 

150731kamigamo05 150731kamigamo06_2
(左)【境内を流れる御手洗川(みたらし川)】鴨川の分流水で水量も多く美しい流れです

(右)【境内案内図】
 

150731kamigamo07_2 150731kamigamo08
(左)【浄め掛け】・・・特別公開の本殿・権殿へは、浄め掛けのたすきをかけての参拝でした

(右)【上賀茂神社本殿・権殿拝観券】

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月20日 (月)

『オリジナルカレンダー』の展示発表・桔梗が丘公民館展

 2014.10/18()19()は三重県名張市桔梗が丘公民館で公民館展が開催され、私・水無月生が講師を担当しています「ひまわりパソコン」サークルが『オリジナルカレンダー』の展示発表をしました。

 ひまわりパソコンサークルでは、今年の初めよりワードで表操作のお稽古をしています。その一環として、写真と表を組み合わせた自作作品の『2015年オリジナルカレンダー』を展示発表して、観覧に来られたご希望の方に印刷してお渡しすることにしました。

出展しました作品は全部で14点の力作ぞろい。素材はネットよりダウンロードした画像や自身が描いた水彩画等を使っています。そしてワードの表で作ったカレンダーと組み合わせて各自が趣向を凝らしたレイアウトで作り上げています。

展示場では、日本に一つしかないこのオリジナルなカレンダーの中から、お好みのものを選んでいただきましてお渡しするのですが、予想を上回る注文が殺到して印刷をする展示担当者は大わらわ。一旦注文を受け付けてしばらくほかの展示場を観覧してもらってからお渡しするというあり様の賑わいでした。

展示当番の担当者も大忙しでしたが、プリンターは全く休み暇なしの稼働状態で、壊れないかと心配するほどでした。ありがたいことに日本のプリンターの品質は素晴らしい。2日間まったく休む暇なしでも無事お役目を務めてくれました。

そして、会期中の2日間でのカラー印刷は580枚。印刷に使いました用紙は、普通紙よりはちょっといい「マット紙」で紙厚0.13㎜」を使いました。写真用光沢紙だと更に美しくできあがるのですが、マット紙は用紙の上に文字を書き組むことができますのと、比較的に画像の鮮明度も良好なのでこれを選びました。プリンターインクも大容量タイプの6色組をほぼ3パック使いました。

会場は絶え間なく数多くの観覧者で大賑わい、オリジナル作品の人気ぶりにサークル員全員は大満足の2日間でした。無料配付したカレンダーの印刷費用はサークルにとっては出費でしたが、多くの方に喜んでいただけたという満足感の充実との引き換えは貴重なものになっています。

141019calendar01 141019calendar02
(左)【展示準備作業中】・・・メインタイトルの貼り付が完了して、まわりの飾り付はどのようにしようかと、みんなであれこれ思案中 

(右)【展示会場設営完了】・・・サンプルのカレンダーを貼り付けて、パソコンと大型モニタ、プリンターの配置も完了

141019calendar03
【展示会の雰囲気】・・・子供たちは興味を持って集まってきてくれました

141019calendar04

【カレンダー作品の印刷受付】・・・質問に答えて担当者が説明して、印刷注文を受け付け

141019calendar05
【カレンダー作品の印刷中】・・・展示担当が印刷作業中

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 2日 (月)

伊予の国・今治城を訪れました

20145月末に今治城を訪れました。今治城は、藤堂髙虎が関ヶ原の戦いののち東伊予20万石の大名となり築城しています。なぜ今治城を訪ねたかといいますと、今治は三重県名張市と少なからずのご縁があるからです。

名張のお殿様は藤堂高吉が初代です。高吉は丹羽長秀の三男で豊臣秀長の養子になり、それからまた髙虎に養子として迎えられています。子のなかった髙虎は、藤堂家の跡継ぎにする予定でした。髙虎は今治で8年ほど後に、伊勢・伊賀の国32万石へ国替えとなり、高吉は今治に残って2万石のお殿様としてよい治世をしていたそうです。そして、高吉は今治を27年間治めたのち、伊賀の名張へ国替えとなりました。

高吉は当初は跡継ぎとなるはずだったのですが、のちに髙虎に実子・高次が誕生したため家臣の身分に格下げとなり分家となって、名張藤堂家2万石がここから始まったのでした。高吉は名張でも大変よい治世と町づくりをしまして、現在の名張の町の原型が形作られたのでした。高吉は藤堂本家の跡取りになれなかった悔しい思いのまま名張で92歳の生涯を終えています。

このような名張の歴史にご縁のある今治へは、以前から是非とも訪ねてみたいと思っていたのですが、この度やっと実現できた次第でした。

 

(今治城の説明と写真を、どうぞご覧ください)…写真はクリックで拡大します

 

140529imabari01
【今治城】…お堀と天守閣。左が山里櫓。内堀の水は海水です。今治城は日本一の海城といわれ、来島海峡に面していて、戦略的に重要な役割を持って建設されたのでしょう。

 

140529imabari02
【今治城内案内図】

 

140529imabari03
【藤堂髙虎像と天守閣】…藤堂髙虎は城づくりの名人といわれていて、今治城の他、伊賀上野城、津城、宇和島城、そして、伏見城、二条城、江戸城までも築城の中心人物として関与しているそうです。また、武勇でも優れていた半面、政治家としての手腕も大きかったのでした。身長62(190)、体重30(110)の巨漢だったそうで、こんな男が刀を振り回したら、戦場では敵はみんな逃げ回ったことでしょうね。

 

140529imabari04
【天守閣】…御金櫓の前より撮影しました

 

140529imabari05
【石垣と犬走り】…石垣は自然石をほとんどそのまま加工しないで野面積み(のづらづみ)しています。高さは1114mあるそうです。石垣の下部には2間巾(3.6m)の犬走りめぐらされています。戦略的には不利になるのですが、海辺に築かれた脆弱な地盤だったので地盤補強の効果を出すために設けられています。

 

140529imabari06
【鉄御門(くろがねごもん)】…お城の正門。扉は鉄板張りなのでこの名前になったのでしょう

 

140529imabari07_2 140529imabari08
(左)【鉄御門上の多聞櫓内の建物構造】…昔の建築物は釘を使わないで組み立てた様子がよくわかります。「和小屋組」といわれる工法。2007年に復元されています。
 

(右)【鉄砲の狙い撃ち窓】…多聞櫓から大手道を狙えるようになっています

140529imabari09 140529imabari10
(左)【海水流入口】…内堀からこの水路口を通って海水が流通するようになっています

(右)【水路】…海水が流通する水路。撮影したときは引き潮だったので海側に海水が流れていました。昔は、内堀の外側の中堀に舟入場があり、外堀を通じて海から舟が出入りできるようになっていたそうです。 

140529imabari11
【来島海峡】…天守閣より見た来島海峡としまなみ海道の来島海峡大橋。この日は黄砂がたくさん飛んできていて霞んでいました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧