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2012年6月の3件の記事

2012年6月19日 (火)

岡寺駅周辺を歩く(2)…丸山古墳編

 午前中の散策は「益田岩船編」でした。そして、午後は一旦岡寺駅へ戻り近鉄線踏切を渡り東側方面へ進みました。
 県道多武峰見瀬線のだらだら上り坂を1.3㎞ほど歩き「菖蒲池古墳」へ。菖蒲池古墳は五条野古墳群の東端に位置します。墳丘は封土がほとんど流出して石室の天井石が露出状態。古墳の形や規模がはっきりしない保存状態なのが残念です。
 ・「菖蒲池古墳」は飛鳥にある古墳の中でも謎の多い古墳の一つといわれている。菖蒲池古墳は藤原京の朱雀大路の南延長線上に築かれている。いわゆる「聖なるライン」といわれている天武・持統合葬陵や中尾山古墳、高松塚古墳、文武天皇陵、キトラ古墳と、同じ南北線上に並んでいるのが興味を一層持たせてくれます。築造時期は7世紀中頃と推定。被葬者は不明で、蘇我倉山田石川麻呂との説があるそうです。

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(左)【菖蒲池古墳頂部】…右奥の覆い屋が石室
(右)【菖蒲池古墳石室】…保護柵の間からカメラを差し込んで撮影。室内の保存状態は良くないようだ

 菖蒲池古墳より北西方面へ約1㎞、次の目的の「植山古墳」へ。この植山古墳は2000年に発掘調査されているのですが、2012年6月の今になっても現場全体は覆いシートをかぶせられたまま。なぜ、そのままの状態が続いているのでしょうかね。
・「植山古墳」は推古天皇とその子・竹田皇子の合葬墓と考えられ、横穴石室が2基の双室墳。推古天皇はその後、太子町の山田高塚古墳に改葬されている。

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【植山古墳】…発掘後12年を過ぎても、このようにシートで覆われて保管されている。古墳の向こう左側には二上山が、正面に畝傍山が望める

 そして、植山古墳のすぐ西へ、午後の散策のメインテーマの「丸山古墳」へ向かいました。
 ・「丸山古墳」は前方後円墳ですが、余りにも大きすぎて長い期間、前方部は単なる丘陵と思われていました。そのため古墳名が「丸山古墳」と呼ばれてきました。それが、昭和30年ころの航空写真で初めて前方後円墳と認識されたそうです。
 ・丸山古墳の規模 … 超ど級古墳といえる。
    全長:318m 高さ:21m 
    前方部(長さ:163m 幅:210m 高さ:15m)
    後円部(直径:155m 高さ:21m)
    大きさ比較:奈良県最大 全国6位 
 ・石室の大きさ … 100トンを超える天井石もあり、全長:28.4mで全国1位の大きさ。石舞台古墳の19.1mをもはるかに超える大きさ/石舞台は蘇我馬子の墓・馬子の父親は蘇我稲目で堅塩媛(きたしひめ)とは兄妹。石棺は刳抜式家形が2基。
 ・築造時期 … 6世紀末~7世紀初め
 ・被葬者 … 欽明天皇と堅塩媛(きたしひめ・欽明帝妃・推古帝の母・父は蘇我稲目)が有力とされています。もう一つの考えは、蘇我稲目と堅塩媛の父子

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【丸山古墳・後円部(1)】…南側より見た後円部側面

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【丸山古墳・後円部(2)】…前方部(西側)より見た後円部。前方部には通常なら腰の高さぐらいの雑草に覆われているそうですが、この日はきれいに刈り取られたあとでしたので、極めていい眺めとなっていました。7/8(日)にNHKで丸山古墳のドキュメントが放送される予定らしくて、この取材で刈取りがあったのでしょう。私たちはラッキーな訪れでした。

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【丸山古墳・前方部】…後円部側より前方部を見る。前方部の向こうの方の樹木のところに点のように小さく見える人影を比較して、前方部の大きさを感じ取ってください。正面向うに畝傍山が、右端の方に耳成山が見える
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【丸山古墳・周濠】…古墳北側の周濠側より古墳の北側面を見る

 丸山古墳のような規模の前方後方墳の墳丘上より、古墳の全貌を眺めるのは初体験でしたので本当に有意義だったと感じています。その興奮を残しながら、この日の最終ポイントの「軽島豊明宮」へ。そしてこの日の3つ目の「大軽春日神社・万葉歌碑」を朗詠しました。

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(左)【軽島豊明宮】…応神天皇の宮。古事記では軽島の明宮(かるしまのあきらのみや)とあります
(右)【大軽春日神社・万葉歌碑】
    
(あま)飛ぶや 軽の社(やしろ)の 斎(いは)ひ槻(つき)
      幾代まであらむ 隠
(こも)り妻ぞも  《 作者未詳 》

 このあとは、橿原神宮駅までの残りの道を1㎞ほど歩いて帰路につきました。午前と午後の全歩行距離は約9㎞でした。
 ●午前の部の「岡崎駅周辺を歩く(1)…益田岩船編」はここからどうぞご覧下さい

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2012年6月12日 (火)

岡寺駅周辺を歩く(1)…益田岩船編

 6/7(木)は飛鳥の岡寺駅周辺を歩きました。桔梗が丘公民館学習サークル・万葉の会の6月例会でした。この日の参加者は43名、天候は晴れ、近鉄岡寺駅に10:02着。
 そして岡寺駅前を西へすぐ、「牟佐坐(むさにます)神社」へ。境内への鳥居の横にこの日の目的の万葉歌碑が。「柿本人麻呂の妻死(つまみまか)りし後に泣血(いき)ち哀慟(かなし)みて作れる歌」が揮毫されている。全員そろって朗詠。

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(左)【牟佐坐神社】… 壬申の乱で大海人皇子軍が金綱井での戦いの時、高市許梅
(たけちのこめ)に、身狭社(むさ)の生霊神が神がかりして勝利に導いたということでこの地に祀られたという
(右)【柿本人麻呂の万葉歌碑】…「人麻呂の妻死
(つまみまか)りし後に泣血(いき)ち哀慟(かなし)みて作れる歌」
 『わが恋ふる 千重
(ちえ)の一重(ひとえ)も 慰(なぐさ)もる
 
 情(こころ)もありやと 吾妹子(わがもこ)が 止まず出で見し
 軽の市に わが立ち聞けば 球襷
(たまだすき) 畝傍の山に
  鳴く鳥の 声も聞えず 球鉾
(たまほこ)の 道行く人も
   一人だに 似てし行かねば すべをなみ
    妹
(いも)が名喚(なよ)びて 袖そ振りつる』

牟佐坐神社を参拝して、その裏にある沼山古墳へ。そして古墳丘陵内のこの日の二つ目の万葉歌碑、「中大兄皇子の詠んだ大和三山の歌」を再び朗詠。

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(左)【沼山古墳石室の前】… 築造は6世紀後半頃。渡来系東漢氏の族長クラスが眠る奥津城だったようです
(右)【沼山古墳石室内部】…石室は柵で仕切られていて内部は真っ暗。柵の隙間から撮影

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【中大兄皇子の万葉歌碑】…「中大兄皇子の詠んだ大和三山の歌」
  『香具山は 畝火ををしと 耳梨と 相あらそひき
     
神代より かくにあるらし 古昔(いにしへ)も 
      然
(しか)にあれこそ うつせみも
        嬬
(つま)を あらそふらしき』

 その次は、そのまた西の石船山(いわふねやま)へ。木立の覆い繁った林間道を標高130mほど登ると、そこだけが今までの雑木林が竹藪になっていました。その藪に「益田岩船」といわれる巨石が現れたのです。
 この巨石、外回りは格子状に刻んで仕上げた凹凸が、そして頂部はきれいに彫り刻んだ2つの四角い浴槽のような開口部があります。開口は1.6m四方、深さ1.3m。石の大きさは11m×8m×高さ4.7m、推定800トンの造りもの。誰が何の目的で造ったのか、また、どのようにしてこの山に運んだのか、謎はまだ解明されていないそうです。
 飛鳥には「亀石」等の特異な石造物があちこちに見られますが、その中でもこの「益田岩船」は最大の石造物といえます。

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(左)【木立の中、石舩山を登る】
(右)【竹藪内の益田岩船】… 巨石の存在は江戸時代から知られていて、「大和名所図絵」にも描かれている。築造時期や用途も不明

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【益田岩船の側面】…格子状に刻んで仕上げた凹凸がよくわかる

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【益田岩船の頂部】…石の大きさは11m×8m×高さ4.7m、推定800トン。四角い開口は四方が1.6m、深さ1.3m

 益田岩船の規模に圧倒されて、山を下り沼山古墳公園へ。そこで昼食としました。
…… (午後は、岡寺駅東方面の丸山古墳などを見物に行きました。このあと発行の6/19付ブログ「岡寺駅周辺を歩く(2)…丸山古墳編」をご覧ください) ……

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2012年6月 4日 (月)

内孫の「食い初め」を祝いました

 6/2(土)の午後は、わが家の内初孫の「食い初め」のお祝をしました。誕生してから、3か月と20日目です。外孫では、4年前に孫娘として授かっていまして、二人の孫に恵まれる幸せを感じています。
 この日は、おじいちゃんの私・水無月生、おばあちゃんのわが女房殿、それに、嫁方の母親、そして息子夫婦の6名で、主人公の孫娘・千歳ちゃんの健やかな成長を願ってお祝いをしました。
 「お食い初め」の儀式のあとは、家族の大人5人で、ささやかなお祝いの食事を楽しみながら、あれやこれやと孫娘の話や、世間話しで午後の時間を過ごしました。

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【食い初め膳】…お祝膳は、鯛の塩焼き、赤飯、野菜の煮物、黒石の代わりに黒豆煮、蛤の吸い物

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【お食い初め】…本当はおじいちゃんか、おばあちゃんが食べさせる儀式をするのですが、わが家はこだわりなく子供の母親が代行です

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【家族のお祝い膳】…お寿司と赤飯、煮物にお吸い物のささやかなお祝膳の昼食でした

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