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2011年7月11日 (月)

急性緑内障発作で苦しい思いをしました

 突然襲ってきた急性緑内障の発作で、大変苦しい思いをしてきました。緑内障という目の病はよく聞く話ですが、なかでも急性緑内障が発作した時の痛みは、『鼻の穴の奥から頭の中心に向かって千枚通しを差し込まれたような・・・』極めて耐えがたい苦痛でした。今回のこのような耐えがたき苦痛、4年前に発症したときの心筋梗塞でも生死をさまよった痛みと苦しみと合わせて、この歳になってまた一つ苦しみの経験を重ねた次第でした。
 
 発作を起こしたのは左目。6/26(日)に津市・「東海眼科」で救急診療を受けると眼圧は60。正常値の10~20を大きく超過。応急的に眼圧を低下させる点滴を2回行い37まで低下。そして、「茶目」にレーザーにて涙の流れ道をつける応急処置を行ってもらい、頭の痛みは少し和らいだので、その日は帰宅しました。
 翌日の月曜日、経過診察を受け、その後かかりつけの名張市・「福喜多眼科」へ転院。そして月曜日と火曜日に受診。その結果、ドクターより更なる処置の必要性の提案がありました。元々の私の目の構造から、再び同じ発作の懸念があるということで、水晶体を人工レンズに取り換え涙の流れ道を確実に確保する処置を早急に行うことになりました。
 そして、翌日の水曜日に緊急手術を行うことになり、ドクターの紹介で日本赤十字の伊勢・「山田赤十字病院」入院。発作のショックで瞳孔が開きっ放しになっていましたので、手術は少し手間がかかったようで、1時間余りの時間となりましたが無事終了。3日後の金曜日には退院。
 左目の状況は、まだ回復には程遠く、左目視界はさながらカスミの中でみている感じで、視力は0.02。右目一つの生活が当分続きます。
 
 そして更に、この突発事態の第二弾があります。ドクターからは、右目にもいつ爆発するかもしれない状況なので、左目の手術の後に引き続き処置をしましょうとの勧めがありました。そんなことで、翌週の7/6(水)再び入院。右目も人工レンズに変更手術を行いました。
 右目は予防処置の白内障手術なので、前回と比べて短時間の手術で、前処理と後処理を除いて実質の手術時間は12分で完了しました。
 入院日数は4日間。7/9(土)に退院。退院時の左目視力はこの1週間で0.02から0.3まで回復してきました。まだ、左目視界のなかの対象物の輪郭ははっきりしませんが、回復の実感を持てました。山田赤十字病院の主治医・西井ドクターからも「焦らずに回復を待つように・・・」にとのアドバイスもありますので、時間経過での回復を期待したいと思っています。一時は失明も覚悟をしていましたのですが、うれしいことです。
 
 なお、入院中での余談です。かかりつけの福喜多眼科の福喜多ドクターは山田赤十字で1日/週の診察もしておられます。今年の3月までは、山田赤十字病院の常勤医で眼科副部長でした。
 そのようなことで、入院中は主治医の西井ドクターと福喜多ドクターのお二人に診察を受ける幸運に恵まれました。その折に福喜多ドクターから「野戦病院さながらの風景です」との冗談がありました。
 まさにそのような状況でした。入院患者の診察は朝の外来診察の前に行いますが、待合室は眼帯を掛けた入院患者が20名余り、椅子に座りあるいは車椅子で診察を待つことになります。ほぼ全員が老人の男女です。人生の様々な戦いを経験してきて、戦いで痛めた目の治療を受ける人たちばかりだったのです。冗談ではなく事実そのもの、戦争で傷ついた目や手足に身体に包帯を巻いた兵士が横たわっている野戦病院さながらの雰囲気を改めて感じとりました。
 私も同様に、戦いで傷ついた身体を治療してもらって再び残された人生を元気に楽しく生活していく望みを、この病院のドクターをはじめ看護師の方々とそしてスタッフの方々は、私たち老兵に与えてくれているのだとの思いで感謝の気持ちを深めています。

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【急性緑内障手術後の左目】・・・この状態で一晩を過ごしました

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【急性緑内障手術後の翌日の左目】・・・まだ充血していて、発作のショックで瞳孔が開いたままになっています。左目視界は焦点が合わなくて、見えるものはすべてカスミの中で見ている感じ。視力は0.02

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【手術、3日後の左目】・・・このように保護メガネを着けて外出できます。1~2週間はほこりや水滴から目を保護します。左目は瞳孔が開いたままなので、日中の光はまぶしくて少しの時間しか目を開けていられません。右目は正常の目。この1週間後に右目も予防的に手術をしました

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左:【手術前の弾性ストッキング】・・・手術中に下肢の静脈に血栓が生じるのを防止するための処置。下肢全体またはつま先から膝下までの血流のうっ滞の予防
右:【手術を受けた伊勢の山田赤十字病院】

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コメント

竪琴の弾けない吟遊詩人 様へ
 コメントの返事を見ていただけるか気にしていたのですが、早い時期にご覧いただきまして、ありがとうございました。
 お母様もやはり眩しいとおっしゃっているのですね。サングラスは、通常のものでもいいのですが、日差しが強いときは相当に濃いものにしまければなりません。それで、めがね屋さんで相談していただければいいと思います。私は、可視光線は比較的通しやすく眩しさに関係する光の波長を制限するものを選んでもらいました。「東海光学株式会社製・Viewnal by STG」という製品です。参考にしてください。
 曇ったような見え方は、3か月ぐらいを過ぎるといい方の右目での見るくせができて比較的気にならなくなります。個人差はあるでしょうがね。
  5/28(月) 水無月生

投稿: 水無月生 | 2012年5月28日 (月) 20時51分

水無月生様
お返事ありがとうございます。
そうですが・・・後遺症が残ってしまったのですねweep。母も外を見るとまぶしいと言っていたので、同じような症状かもしれません。サングラスを買うようにします。
なにか、曇ったような見え方だと言っていて、見える範囲には変化はないようです。視力は0.3ほどだったようです。
水無月生様と同じように反対の目は問題ありませんので、趣味の写真撮影を頑張って、もっとキレイな花を見せてやりたいなと思っていますtulip
医学の進歩で、新たな治療法が確立されるとよいですね。

投稿: 竪琴の弾けない吟遊詩人 | 2012年5月28日 (月) 13時32分

竪琴の弾けない吟遊詩人 様へ
お母様が入院中に急性緑内障の発作、大変な思いだったことと存じます。入院中だったので早い手当てができて何よりでしたね。
私の方へのお気遣い、ありがとうございます。発作から11か月が過ぎました。手術3か月後ようやく安定期になりましたが、やはり後遺症は残っています。発作のあった左目の視界は約1/3に視力はなし。また、網膜がの網目が変形していて見えるものは輪郭がはっきりしない、そして一番困るのが、瞳孔が開いたままなので太陽光がまぶしいのです。右が正常なのでこの目で物事を見るのにはまあ不自由はないのですが、眩しさはどうにもならなくて、外出はサングラスのお世話になっています。
いずれにしても、失明がまぬがれたことで、幸せを感じています。
  5/26(土)  水無月生

投稿: 水無月生 | 2012年5月26日 (土) 21時26分

初めまして。
先日、母が別の病気で入院していたのですが、手術後に「急性緑内障発作」になってしまいましたsadとても心配なのですが、情報があまりなく、何とも不安な日々を過ごしております。
別の病気ではありますが総合病院に入院していたので、直ぐに「レーザー虹彩切開術」をして、眼圧を下げる処置をしてもらいました。失明は免れたようです。
こちらの記事は一年ほど前にお書きになったようですが、現在の目の調子はいかがですか?。回復なさっているとよいのですが。

投稿: 竪琴の弾けない吟遊詩人 | 2012年5月26日 (土) 09時20分

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