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2009年3月の3件の記事

2009年3月 7日 (土)

【3】ドキュメンタリー『やまとは国のまほろば』を発表(その3)

 私の好きな日本の発表…『その3』です。ドキュメンタリー『やまとは国のまほろば』/「神々のおおらかな営み」は、大神神社(おおみわじんじゃ)境内を歩いて再び「ヤマト平野」を望みます。では、その内容をどうぞご覧ください。
『その1』 『その2』 はこちらよりご覧ください)

【スライドとナレーション/要約】

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(スライド1)「巳の神杉」… 拝殿のすぐ横には「巳の神杉」がお祀りされています。
・今も人々はここには神の使いの「白いヘビ」が住んでいると信じ、お参りする人が絶えません。
---巳の神杉のはなし---

・古代の人々は、三輪山には斧入れないで神の宿る森として保存してきました。
・山に立ち昇る霧や雲に神意を感じ、山から流れ出てくる水により農作物を作り、日々の暮らしを潤してもらえたのでした。
・杉の根元には巳さんが住んでいたことから、山内に棲む蛇を神の使いと信じたのでしょう。

・蛇は、水神、雷神でもありますので、人々は農業神、五穀豊穣の神として霊験を感じたことだと思います。

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(スライド2)「狭井神社」… 神社境内を奥に入っていきますと、たくさんの摂社が鎮座されている中でも、狭井坐大神荒魂神社(さいにますおおかみあらたま神社)は格別な存在です。
・狭井神社では、無病息災を祈る祭りとして「鎮花祭」が毎年春に催されています。先に話しました崇神天皇の世に蔓延した伝染病を鎮めるために、このお祭りが今の世まで続いています。
・狭井とは「神聖な井戸」のことで、霊泉が湧き出ていまして、「くすり水」として多くの人に利用されています。
・境内には「皇后陛下の御歌歌碑」があります。陛下が大神神社をご参拝され、「歌会始」でお詠いになられています。
---陛下の御歌---
三輪の里 狭井のわたりに 今日もかも 花鎮めとす 祭りあらむ

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(スライド3)「若宮社」… 狭井神社より少し下っていきますと、もう一つ今までの話に結びつく神社があります。
・意富多多泥古命(おおたたねこ)をお祀りする「大直禰子神社(おおたたねこ神社)/若宮社」です。
・崇神天皇の世に流行した伝染病を救うために三輪山に大物主大神を祀る神主になった意富多多泥古を祭神とする神社です。
・「若宮社」の境内にこのような杉の木の幹があります。「おだまき杉」といわれ、大物主大神と活玉依毘売との恋物語にあった、麻糸を巻いた「おだまき」に由来する杉の木です。
・杉の幹が「おだまき」に似ていることからいわれていますが、どうしてこの地にそのような杉の木が生えてきたのでしょうか。
・いろいろの事柄が夢とロマンを秘めて、おおらかな話として伝わってきているというのも楽しいことではありませんか。

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(スライド4)「再び大和平野を望む(1)」… 大神神社境内をあとにして、再び大和平野を遠くから望んでみましょう。
・「大神神社の大鳥居」と「耳成山」。向こうの山脈は葛城連山。

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(スライド5)「再び大和平野を望む(2)… さらに視野を広げて眺めますと、左に「天の香具山」、右に「耳成山」、中央に「畝傍山」。こちら側が「三輪山」を背にしています。
・古代の人々より、私たちの現代まで愛され続けてきた、「美しい国・大和の国」がここにあるのです。

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(スライド6)「やまとは国のまほろば」… 古の時代よりのどかな風情がただよう私たちの心のふるさと、それが『やまとは国のまほろば』なのです。
この話のまとめとしまして、大和を詠った美しい歌を紹介しましょう。

---やまとたけるの歌---
やまとは国のまほろば たたなづく 青かき山ごもれる やまとし美(うるわ)し ・・・ 《倭建命》
・第12代景行天皇の皇子・倭健命は、天皇の命を受けて東国の荒ぶる神々を平定征服して、その帰りに鈴鹿の山で白いイノシシを神の使いと気が付かずに見過ごしたことから、冷たい氷雨に会って病に倒れました。その時に故郷の大和を想って詠ったのがこの歌でした。
・畝傍山と耳成山、そして葛城連山に並んで遠くに見える二上山。倭健命もきっとこの景色を思い浮かべていたことでしょう。

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(スライド7)「わたしの好きな日本」… ここまで「わたしの好きな日本」をご覧いただきました。
・『やまとは国のまほろば』を …… これにて“おしまいにします” ありがとうございました

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2009年3月 6日 (金)

【2】ドキュメンタリー『やまとは国のまほろば』を発表(その2)

 私の好きな日本の発表…その2』です。ドキュメンタリー『やまとは国のまほろば』/「神々のおおらかな営み」は、大和三山から「三輪山」そして「大神神社(おおみわじんじゃ)」へ進んでいきます。では、その内容をどうぞご覧ください。
(『その1』はここからご覧ください)

【スライドとナレーション/要約】

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(スライド1)「三諸の神奈備(みもろのかむなび)」…「三輪山」には「大物主大神(おおものぬしのおおかみ)」が鎮座いたしています。そして、この山は「三諸の神奈備」と言われています。
・三輪山については、「古事記」にあります「大物主大神」の話は興味深いものです。
---古事記のはなし---
・三輪山のふもとの村に、活玉依毘売(いくたまよりひめ)という美しい姫がおりました。その姫のもとに毎夜、青年が訪ねてきました。お互いに相手をいとおしく思うようになり、そのうち姫は身ごもりました。
・両親はたずねました。「姫や、お前は子供ができたようだね。夫もいないのにどうしてなんだね」。姫は答えて「名も知らない凛々しい若者が、毎夜、私のもとへ通ってきます。夜々を共に過すうち身ごもりました」。
・両親は青年の身許を知りたいと思って姫に教えました。「赤土を部屋に撒き、邪悪を払い除きなさい。そして、紡いだ麻糸を針に通して、男の着物の裾に射すのですよ」と。
・その夜やってきた青年に、姫は教えられたように着物の裾に針を射しました。 夜が明けると青年は消えていきました。麻糸は戸の鍵穴から通り抜けて、糸の先は三輪山にたどりついていたのでした。青年は三輪の大物主大神の化身だったのです。
・そうなのです、姫は神の子を孕んだのでした。
・あとに残された、糸巻きには三巻きの糸が残っていたのでした。この地を美和(三輪)ということになりました。

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(スライド2)「三輪山の美しい姿」…神の山「三輪山」の姿は、大和のどの位置から見ましても美しく拝めることができます。この美しい「三輪山」をしばしご覧ください。
・箸墓古墳は「卑弥呼」の墓との一説のある古墳です。崇神天皇の大叔母に当たる方で、「倭迹迹日百襲媛命(やまとととひももそひめのみこと)」の墓です。
・日本書紀には「昼は人がつくり、夜は神がつくった」とあり、魏志倭人伝には「卑弥呼没後、大いに塚をつくる。径百余歩、旬葬するもの奴婢百余人」とある。
・邪馬台国はやはりこの地にあったのではないかと、夢を膨らませてくれます。

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(スライド3)「三輪山の万葉歌」…「三輪山」の美しい姿をご覧いただいたあとは、「三輪山」を詠った万葉歌をご覧ください。「額田王」がこのように美しく詠っています。
三輪山を 然も隠すか雲だにも 心あらなも 隠さふべしや … 《額田王》

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(スライド4)「大神神社(おおみわじんじゃ)」…ご覧いただきますのは「大物主大神」をお祀りする「大神神社」です。
・「大神神社」のご神体は「三輪山」です。この神社には本殿は設けられておらず、拝殿より三輪山を拝むという日本古来の自然崇拝の神祀りを昔から伝えられています。
・この「大神神社」のことにつきましても、古事記にあります「三輪山の神の始まり」の話をしてみましょう。
---古事記のはなし---
・崇神天皇の世に伝染病が流行して、人民が死に絶えそうになりました。天皇は心を悩まされ神託を受けて神の指図を仰がれました。
・そうすると三輪山の大物主大神が夢枕に現れて、「意富多多泥古(おおたたねこ)をもって私を祀らせたならば、神のたたりはおさまり、国も平らかになる」と告げられたのでした。
・天皇は意富多多泥古を探してきて神主として御諸山(みもろやま・三輪山)に意富美和之大神(おおみわのおかみ)を祀られたのでした。

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(スライド5)「大神神社参道を歩く」…神が宿る三輪山をお祀りする「大神神社」の参道を、皆様と一緒にゆっくりと歩いてみましょう。
---どうぞ次をクリックしてゆっくりと参道を歩いてください---

ここからスライドムービーで「参道を歩く」

(では、この続きは本シリーズの『その3』をご覧ください)

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2009年3月 5日 (木)

【1】ドキュメンタリー『やまとは国のまほろば』を発表(その1)

090305mahoroba_pre01   自作ドキュメンタリ-・わたしの好きな日本『やまとは国のまほろば』/「神々のおおらかな営み」を3/5(木)桔梗が丘公民館歴史サークル・「万葉の会」で発表しました。発表しましたドキュメンタリ作品はパワーポイントで作ったものですが、これは昨年8月にマイクロソフトのパソコン指導者資格検定を受験した際に検定課題として提出したもんですが、時間をかけて作った作品を死蔵するのももったいないことですので何らかの発表の機会を探していました。
 折も折から、公民館サークル活動として参加している「万葉の会」の学習内容にも関連します作品ですので、サークル会員の70数名の皆さんに見ていただく機会を得ることができました。パワーポイントのドキュメンタリーに私のナレーションでの23分間の発表でした。

 以下ご覧いただきますスチールはスライドページを掲載していますが、実際のページは音楽とアニメーションを使って画像がいろんな形での表現をしています。ブログではそれがご覧いただけないのが残念です。
 なお、それぞれのスライドのナレーションは要約で文字で書いておきましたが、興味のある方はどうぞお読みいただければと思います。
 それから、このブログは今回は第1回目(その1)で、このあと2回の合計3回に亘ってのシリーズで掲載します。同じく興味をもたれた方は引き続きご覧ください。

【スライドとナレーション/要約】

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(スライド1)【表題】…私の好きな日本・『やまとは国のまほろば』/「神々のおおらかな営み」を発表します。発表者は水無月生です。

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(スライド2)【大和は私たちの心のふるさと】… 皆様は「大和」と聞かれますと、どのような思いを抱かれますかでしょうか。それぞれいろんな情景の感じ方がありますが、その中でも「ふるさと」を感じる面をお持ちになられる方も、多くおられると存じます。そうです。「大和は私たちの心のふるさと」でもあるのです。これから「大和」の中にある、古代日本より今の世に伝えられてきている「おおらかさ」と「望郷」を感じさせる、お話をしていきたいと思います。

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(スライド3)【大和三山の不思議】…大和平野を空から眺めてみましょう。今の世も昔と変わることなく、緑豊かな山に囲まれたたたずまいを見ることができます。この大和平野の南の方に目を向けますと、島のようにぽっかりと浮かんだ3つの山が見えてきます。
そうです「大和三山」です。平野の南東に位置する「大和三山」は「畝傍山」、「天の香具山」、「耳成山」の3つの山です。この3つの山は、古代から数々の神話や伝説を通して語りかけてくれます。
山々の位置関係は大自然が作り出した偶然なでしょうか、あるいは神々のなせる業なのでしょうか。3つの山の配置は「畝傍山」を頂点として、「天の香具山」と「耳成山」を底辺とする二等辺三角形を形成していまして、見事な調和の美をかもし出しているではありませんか。

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(スライド4)【大和三山を詠った歌】…古代の人々が大和三山に寄せた心のうちを、万葉集の中よりみてみましょう。
(1)大和三山を詠った歌で、よく知られているのが中大兄皇子のこの歌です。≪香具山は 畝火ををしと 耳梨と 相あらそひき神代より かくにあるらし古昔(いにしへ)も 然(しか)にあれこそうつせみも 嬬(つま)をあらそふらしき≫・・・《中大兄皇子》
・弟、大海人皇子と額田王をめぐって恋の争いをしたことを、大和三山に結びつけて詠ったといわれている歌です
(2)「畝傍山」を詠った歌はこの歌です。≪玉襷(たまだすき) 畝火の山の橿原の 日知(ひじり)の御代ゆ生(あ)れましし≫・・・《柿本人麻呂》
(3)「天の香具山」を詠ったこの歌は、あまりにも有名で多くの人に知られている歌です。≪春すぎて夏来るらし 白たへの 衣干したり天の香久山≫・・・《持統天皇》
・藤原の宮より「天の香具山」を眺めたときに、山麓いっぱいに干してある白い衣を見て、ああ、もう夏がやってきたのだなあという感じを詠っています。持統天皇の情景の感性がよくあらわれている歌と思います。
(4)ある乙女が3人の青年に愛の告白を受け、3人の愛を一緒に受け入れることができないことから、悩んだ末に耳成の池に身を投げました。その乙女を悲しんで詠った男の歌の一首です。≪耳無の 池し恨めし吾妹子(もこ)が 来つつ潜(かづ)かば 水は涸れなむ≫・・・《作者不詳》


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(スライド5)【神が宿る三輪山】…大和三山より東北方向に目を移しますと、その延長線上に「三輪山」が見えてきます。「三輪山」は「神が宿る山」と知られています。「三輪山」と大和三山の位置関係をご覧ください。大和三山で作られた三角形を突き刺すように、一直線に結んだその先が「三輪山」なのです。
これもまた、「不思議?」としか私には思えません。やっぱり、神のなせる業なのでしょうか。

(では、この続きは本シリーズの『その2』をご覧ください)

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