映画「私は貝になりたい」を観て
映画「私は貝になりたい」を観ました。この映画は1959年にフランキー堺主演で東宝から公開されている。その時も話題性のあった映画であって、私は19歳だったが観る機会を逸していました。それから50年再び、中井正広と仲間由紀恵の主演で公開されたのでした。
少し前までの映画は、公開最初は「封切り」といって都会の一流館でまず上映され、その後二流館、そして地方へと上映が広がっていく形でありました、この頃は全国一斉に同時公開になっている。そんなことで、片田舎の私の地方でも早い時期に観ることができるので、今の時代はありがたいことです。
前置きはこの辺にしまして、映画を観た感想を記します。
【観てきた感想】
・まず最初に言えることは、見終わっての気持ちは「やりきれないやるせなさ」です。そしてストーリーがそうであるように、終始明るく笑いが伴うシーンが全くないということ。
・「やるせなさ」を感じるもっとも大きなことは、物語の主人公が上官の命令によって捕虜を銃剣で処刑しなけれなばならなくなってしまうこと。それが悲劇の始まりであったこと。そして、戦犯として裁かれ死刑を宣告されてしまうこと、に尽きます。
・この物語のあらすじと結末を知っていますので、映画の最初の若い主人公の出会いから涙が頬を伝い始め、最後の最後まで涙を拭く暇がないくらいでした。
・物語は「夫婦愛」「親子愛」「人と人との心の触れ合い」が根底に流れています。人の命がこのような形で奪われていくというのが、「たまらなく痛ましく胸を締め付けられ」てしまいました。
・そして、極東軍事裁判(東京裁判)では勝者は敗者を一方的に裁くという理不尽さがあります。その批判も最近いろいろありますが、その議論はここでは別としまして、歴史上で数々の事例のある勝者の論理で敗者を裁くことの人の世の常に、悲哀を感じらるを得ませんでした。
・少し調べましたが、この裁判ではA級戦犯25名中8名が死刑、B・C級戦犯は5700名中920名が死刑になっています。この物語のようにB・C級で死刑になった920名に中には、上官の命令によって自分の意思にかかわらず罪を犯した方はたくさんおられたのではないかと思います。冤罪同様の無念さで世を去っていかれたことに、心から哀悼の念を表したいと思います。
このようなことで、物語をご存じのない方にあらすじを記したいのですが、ブログが長くなりすぎますので省略します。関心をもたれた方は、どうかこの映画をご覧いただければと思います。上映はすでに終了している地域もあろうかと思いますが、レンタルDVDでもご覧いただけると思います。
【最後に主人公が残した家族あての手紙の要約です。】
『手足を失くしても妻や子の家族と一緒に暮らしたい。しかしもうそれが叶わない、もう一度生まれ変わるなら人間は嫌だ。牛や馬がいいが、それもまた人間にひどい目にあわせられる。それよりも深い海の底の貝になりたい。貝なら、兵隊に行かなくてもいい、戦争もない、妻や子の心配もしなくていい。
どうしても生まれ変わるのなら、…私は貝になりたい…』
(写真)
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