« 東経135度子午線上を歩く(万葉の会9月例会/第2報) | トップページ | 明石・魚の棚を散策(万葉の会9月例会/第4報) »

2008年9月 8日 (月)

明石で人麻呂の万葉歌を詠う(万葉の会9月例会/第3報)

 畿内の西端・明石の「万葉の会9月例会/第3報」は『明石で柿本人麻呂の万葉歌を詠う』です。東経135度子午線上を歩いて、この日の本来の目的であります明石を詠んだ柿本人麻呂の万葉歌碑を訪ねました。
●まず最初は「月照寺」をご覧ください

080904_3_akasi_gesshoji_sanmon 080904_3_akasi_gesshoji_hondo
左:【月照寺山門と明石天文科学館塔】…400年前の建物と現代科学を表す塔のコントラスト
・月照寺山門は1593年(文禄3)京都伏見城の薬医門として建られ、後にこの地に移築したもの
右:【月照寺】…江戸時代初期に元は明石城のところにあったが、城の建設により移築された


●最初の柿本人麻呂の万葉歌碑は「月照寺」の「山門」前にあります

080904_3_akasi_gesshoji_kahi

---ともしびの明石 大門に入らむ日や
       漕ぎ別れなむ 家のあたりみず
---
                   (柿本人麻呂)

●この歌をみんなで揃って朗詠したあと、月照寺をお参りしてその次は、「柿本神社」へ。

080904_3_akasi_kakinomotojinja_tori 080904_3_akasi_kakinomotojinja_haid
左:【柿本神社/鳥居】…この付近が人麻呂生誕地と伝えらている。そして、石見(いわみ)で没している
右:【柿本神社社殿】

●神社境内には万葉歌碑が4基据えられています。そのうちの三つを紹介します

080904_3_akasi_hitomaro_kahi1

---天離る(あまざかる) 夷の長通ゆ
    恋ひ来れば
       明石の門より 大和島見ゆ
---
                        (柿本人麻呂)

・ここで詠っている「大和島」とは、瀬戸内の明石海峡から難波の津(大阪)を見た時に大和の生駒・葛城連山があたかも大きな島のように見えることからの情景です。
・その当時、西海道(今の九州)へ赴いた人や、防人として出兵した人が、故郷へ戻ってくるときに瀬戸内海を通って明石まで来て、大和島が見えるということは本当に故郷へ帰ってきたという実感を抱いたことだろうと思います。
・そのような人々が恋い焦がれていた故郷はもうすぐだと、舟の上で小躍りしている情景が目に浮かぶような歌だと感じ取れます。

080904_3_akasi_hitomaro_kahi2 080904_3_akasi_hitomaro_kahi3

---大君は 神にしませば あまくもの
       雷の上に いほりせるかも
---

---あしびきの 山鳥の尾のしだり尾の
      ながながし夜を ひとりかも寝む
---
                     (柿本人麻呂)
                     

今回の投稿が、「畿内の西端・明石」の山場になります。この後は「明石の街中散策」と「畿内の東端」への帰路の報告になります。残り2回も引き続きよろしくお願いいたします。

|

« 東経135度子午線上を歩く(万葉の会9月例会/第2報) | トップページ | 明石・魚の棚を散策(万葉の会9月例会/第4報) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 明石で人麻呂の万葉歌を詠う(万葉の会9月例会/第3報):

« 東経135度子午線上を歩く(万葉の会9月例会/第2報) | トップページ | 明石・魚の棚を散策(万葉の会9月例会/第4報) »