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2008年9月 5日 (金)

畿内の東端から西端へ(万葉の会9月例会/第1報)

9/4(木)は「万葉の会」9月例会でした。参加者54名で、三重県名張から兵庫県明石へ行ってきました。
080904_1_akasi_start 名張は「畿内の東の端」そして明石は「畿内の西の端」です。総距離は140km、バスで2.5時間の行程です。
「畿内」とは、ご存知の方が多いのですが、その範囲は案外知られていないですので少し紹介します。「畿内の東の端」は名張市の名張川なのです。大和時代には『東は名墾(名張)の横河』、『西は赤石(明石)の櫛淵』と定められました。
大昔の人がこの距離を山川を越えて歩けば3日はたっぷりとかかったのではないかと思いますが、それを想像しながらのバスの旅をしました。
参考として「北の端は」近江の逢坂山、「南の端」は紀伊の兄山(紀ノ川中流)。

明石では、明石城-文化博物館-月照寺-子午線標柱-柿本神社-魚の棚を見て回りました。
それぞれの事柄はまた別の日に掲載します。今日のところはその手始めの写真8枚をご覧ください。

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【明石城】…巽櫓(南東側)、坤櫓(ひつじさるやぐら、南西側)。天守閣は建てられなかったそうです

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:【明石市立文化博物館】
:【宮本武蔵(明石市文化博物館)】…城内の庭園や城下の町割りは武蔵の設計によるとのこと

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アカシゾウ(明石市文化博物館)】…明石で発見されたゾウの化石。200万年前から60万年前ごろまで日本で生息していたらしい。アジアの今の象よりは小さく、絶滅している種

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【明石市街】…宮本武蔵が町割り設計したした現在の明石市街。左に明石大橋が見える

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:【源平合戦「両馬川旧跡」】…一の谷の合戦ののち、ここまで落ち延びた薩摩守忠度が岡部六弥太と戦ったところ。今は山陽電車のガードの下
:【妙見社】…下の写真の面白い川柳句碑のあったお寺

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【明石鯛の川柳句碑】…今の食品偽装の時世を反映していて面白い川柳です。
---どの鯛も 明石で獲れた 顔をする---(助六)
・今も昔もすること考えることは同じようですね

ではまた、次の投稿でお会いしましょう。

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