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2007年12月の5件の記事

2007年12月30日 (日)

初孫・わが家へ

 2007.12.30(日)、今日は朝から初孫がわが家へ迎い入れです。12/19に誕生しまして年内ぎりぎりの退院となりました。大晦日からお正月はわが家の主役になること必定。どんな事態になることやら。嬉し楽しい年末年始です。

071230sanin 071230taiin
お世話になった産院         初めて世間の風に触れて

071230meimei命名書を作りました

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2007年12月28日 (金)

1ヶ月経過検査と診察

 今日もまた病気の話で恐縮です。退院後や4週間の経過検査と診察でした。体調の自覚は通常の日常生活では、ウオーキングで坂道を早足で歩くと息切れがして心臓が痛くなること、少し動きすぎると疲れが大きい、という以外はほとんど問題なし。というような状況のなかでの検査に臨みました。
 検査は、血液と尿の検査、心電図、胸部レントゲンを受検。正直なもので心電図を取り終えたときには、検査担当技師から「最近心筋梗塞を発症しましたね」と即座にコメントがありました。
 診察ではドクターから心電図の説明のあと、レントゲン写真を見ながら前回11/22撮影のものと比較して心臓の肥大が縮小していることを説明してもらいました。自分の目見ても確かに小さくなっているのが分かり嬉しいことでした。その他の日常生活指導については、特に指示がありませんでしたので今の状態継続でよいと判断しました。
 経過観察のカテーテル挿入による心臓検査は夏ごろとの指示。また、次の検診は2/8(金)と決まりました。
 来年1月から少しずつ従来からの活動を再開するつもりでいます。無理をしない中でリハビリと通常生活のバランスを保ちながら、おまけでもらった人生を大切に過していきたいと思っています。

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2007年12月26日 (水)

退院後初めての遠出

 11月末まで入院生活後、12月から自宅療養とリハビリを続けていましたが、今日は退院後初めての遠出を妻と二人で行きました。行先は水無月生の故郷にある墓参りです。毎年年末にはお参りしていますが、今年はあわやの寸前で助かりましたこの命のことをご先祖にお礼と報告でもありました。水無月生家の墓は山の辺道にある崇神天皇陵のすぐ北側にありまして、その名も「山の辺霊園」です。
 車で行くのですが、距離は往復80km、時間は墓参と昼食の時間を加えて往復約4時間、で、通常なら何ともないのすが、今回はやはり今までとは違いました。帰宅しますとぐったり疲れていました。こんな程度の距離と時間でしたが、まだ無理がきかないのがよくわかりました。午後に帰宅してすぐ夕方まで2時間ぐっすりと寝込んでしまいました。

 今日のブログはこんなところにしておきます。まだ療養中になりますので、今までのような話題が乏しいものですので、このようなつまらない記事になってしまい失礼しました。ではまた、次の機会まで。

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2007年12月24日 (月)

初孫誕生

 退院後ブログの書込みが遠のいています。今月は2回目になりました。私にとりましては命長らえた甲斐があったこの上ない嬉しい出来事です。12/19(水)にわが家に初孫誕生です。水無月生68歳にしてやっとめぐり会えた孫で女の子でした。
 いろいろと書きたいのは山々ですが、これ以上は「爺バカ」丸出しになってしまいますので、報告と写真のみにします。写真は新しい命がこの世に出てきた姿を見ていただきたいと思っての掲載です。丁度生まれて1時間後の撮影です。保育器の中のプラスチックカバーを通してたくさん撮影しました中の1枚です。

071219sihotanjo_2 誕生1時間後の姿です。最近の赤ちゃんは昔のように猿顔でないですね

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2007年12月16日 (日)

心筋梗塞でひどい目に/1ヶ月半振りの投稿になりました

 水無月生、心筋梗塞でもひどい目にあって、このブログは11/2(金)の記事以来、1ヶ月半の休稿になってしまいました。
と言いますのは、11/4(日)急性心筋梗塞で倒れまして、救急車のお世話になり緊急手術のおかげで一命を取り留めました。1ヶ月の入院生活を終え、いまは自宅療養を送っています。ようやくにしてこのブログの記事を書ける状態になりましたので、これからも引き続き今まで同様に閲覧のほどよろしくお願いいたします。

 事の顛末の概略を以下に記します。興味をお持ちいただきました方は、どうかお読みください。また、「ホームページ/シニア青年・水無月生」にもいずれそのうちに詳しい記事を掲載したいと思っていますので、その節はそちらの方もよろしくお願いいたします。

(水無月生/急性心筋梗塞の顛末)
 11/4(日)桔梗が丘公民館で囲碁をしている最中に、今まで経験したことのない強烈な圧迫感の痛みと忍耐の限界を超える苦しみに襲われ、急性心筋梗塞で倒れてしまいました。その後手足は全く麻痺してしまいましたが、公民館の職員の方の適切な対応と、幸運がいくつか重なり迅速な救急処置と緊急手術ができまして命拾いをしました。名張市立病院に運び込まれました時は、日曜でしたが当直医が循環器担当の医師だったこともありまして、すぐに助手の医師や医療機器の取扱関連担当者の等の召集ができまして無事手術が成功しました。
手術前は医師から女房には助かる見込みは1%以下かもしれないが、最善を尽くすという通告があったようでした。「九死に一生」よりむしろ「九十九死に一生」を得たという状況でした。
 
 手術後は48時間のCCU室での集中監視の治療を経て、術後の難局も無事乗り切ることができました。4日後には酸素吸入チューブや尿管の取り外しができて、自力で上半身をベッド上で起き上がらせられるようになりました。以降、6日目からは新聞を読むことがOKから、順次回復の道を進み、9日目からは病室内を歩けるようになり順調に回復してきました。
 そして、12月初め、約1か月ぶりに無事に娑婆に帰還しました。まだ、体力は十分に回復していませんですが、自宅静養でリハビリを行いながら体調を整えていきたいと思っています。多分、来年ごろからは少しずつ通常生活には戻れるものと思っています。
 心臓の一部の筋肉が壊死していまして機能が満足に働かないもので、少し忙しく動きまわったり、ちょっとした長い時間何かをしていると心臓への負担が大きくなり心拍数が多くなってしまいます。1ヶ月ほどリハビリを続けていけば、体力は出てくると聞いています。そんなことで、今は毎日30分~1時間ほど外を歩くリハビリで体を慣らしながら少しづつ調子を確認していっています。

 水無月生のこのたびの急病にあたりましては、多くの方の温かい支援がありましたこと感謝に堪えません。桔梗が丘公民館の職員の方々の親身な救急対応、名張市立病院のドクターの迅速かつ適切な救急治療とその後のきめ細かい治療、ナースの方々の親切で心のこもった看護には、本当にうれしく思っています。心からお礼申し上げます。

 今日のところはこの辺りまでとしておきます。引き続いて適当な時期に今まで通りの記事を書いていきます。あまり歓迎されない記事かも知れませんが、今回の病気のことも触れると思いますが、その折はどうかご容赦ください。

(命を助けてもらった名張市立病院)…退院の日に撮影
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水無月生の「心筋梗塞顛末記」をHP「シニア青年・水無月生」にアップしました。心筋梗塞に関心のある方はどうぞ次からご覧ください
http://homepage2.nifty.com/kys/kys.wagaya_heart_trouble.htm

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